腎臓での尿濃縮・希釈のシステム 研究のざっくりした歴史
腎臓での尿濃縮・希釈のシステムは、全身の体液の量や濃度を調節しています。ただ、そのシステムは非常に複雑で、全体の姿はわかっていません。
わかっていること
○深い部分(乳頭側)ほど髄質ではナトリウムイオンや塩化物イオン、尿素の濃度が高くなっている→浸透圧が高くなっている
○尿細管では水やさまざまな物質の再吸収が行われている
○尿細管の部位ごとに、吸収される物質が異なる
一般書などで紹介されている尿細管は、だいたい下の図のようなものです。
しかし実際は、尿細管に毛細血管がびっしりと巻きつき、細い血管がギューギューに詰まってゴチャゴチャしています。
| Rauber-Kopsch解剖学より |
尿細管を取り巻く血管の束(血管束)は、下行直血管と上行直血管、そして毛細血管で構成されています。多くの場合、束の外側に上行直血管が位置しています。上行直血管は、髄質の間質で再吸収された水を血管内に回収して、心臓、そして体循環系に戻しています。
傍髄質ネフロン(長ループネフロン)は血管束と接していますが、皮質ネフロン(短ループネフロン)は血管束から離れています。
皮質ネフロンでは、ネフロンを取り囲む尿細管周囲毛細血管が発達しています。皮質ネフロンで吸収された物質は血管束から傍髄質ネフロンへと運搬されます。
尿細管と血管束の構造は種によって異なります。ヒト、イヌ、ネコ、ウサギなどは上記の構造です。マウス、ラットでは、下行直血管の近くに細い下行脚があり、上行直血管と接して対向流を形成しています。
腎臓での尿濃縮・希釈のシステムの研究がどのように進んできたのかを、今回は調べてみました。
腎臓での尿濃縮・希釈のシステムの研究に関する歴史
17世紀 イタリアの医師で解剖学者のマルチェロ・マルピーギ(Marcello Malpighi)とロレンツォ・ベリーニ(Lorenzo Bellini)の研究で、腎臓の実質が糸球体と尿細管からできていることが判明
ベリーニは1662年に『腎臓の構造に関する解剖学』を刊行。
1782年 フランスの医大生だったアレキサンダー・シュムランスキー(Alexander Schumlansky)が博士論文「腎臓の構造に関する生理学的・解剖学的論考(De structura renum tractatus physiologico-anatomicus)」を出版
腎臓の構造の模式図が掲載されているとのこと。
1830年頃 ドイツの解剖学者で医師でもあるヤーコプ・ヘンレ(Friedrich Gustav Jakob Henle)が、ヘンレループ(ヘンレ係蹄〈けいてい〉、ヘンレのわな)を発見
係蹄とは、縄や糸を輪(ループ)にして、輪の内側に動物の脚が入ると締めつける罠(わな)のこと。
1841年 イギリスの外科医で、組織学者、解剖学者でもあるウィリアム・ボウマン(William Bowman)が糸球体が袋に包まれていて、袋が尿細管につながることを発見
1842年に「腎臓のマルピーギ小体の構造と利用について」という論文を発表し、ロイヤルメダルを受賞したとのこと。
「ボウマン嚢」は彼の名前からつけられました。
1930年代 アメリカの生理学者であるホーマー・スミス(Homer Smith)が、腎臓が濾過器・分泌器官として機能することを提示
1942年 スイスの物理化学者であるヴェルナー・クーン(Werner Kuhn)と学生(教え子)たちは、腎臓での尿濃縮の仕組みを初めて提示
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| ヴェルナー・クーン(写真/高分子科学風塵帖—古き好き時代—) |
クーンは、解剖学的にヘンレループが、化学と工学における対向流(向流)システムと類似していることに注目しました。そして、腎臓は浸透を利用して尿を濃縮し、ヘンレループではナトリウムイオンなどを髄質に移動させることで、ヘンレループから髄質へと水を引き出すように進化したという、対向流増幅系を示しました。
バーゼルに定住する前、クーンはキールで遠心分離機による同位体分離という非常に基礎的な研究を行っていました。この研究を通して、彼は向流が極めて小さな効果を増幅させ、有意な分離をもたらすことに魅了されました。
1944年 スウェーデンの医学者であるニルス・アルウォール(Nils Alwall)が、世界で初めて系統的な経皮腎生検(吸引針生検、背中から腎臓に針を刺して組織の一部を採取する)を実施
アルウォールは「体外血液治療の父」と呼ばれているとのこと。
1950年代 クーンの業績を、多くの研究者が発展
1951年 ホーマー・スミスが『腎臓:健康と病気における構造と機能』発表
ネフロンは糸球体とそれに結合した尿細管で構成され、この尿細管は近位部、細い部分、遠位部に分化することを説明しました。
acuterenal failure(急性腎不全)という言葉を用いて、概念を確立しました。
1956年 アメリカの生理学者アーサー・ゲイトン(Arthur Guyton)による生理学の教科書『ゲイトン生理学』初版刊行
Guyton説(腎臓説):圧 一利尿曲線に基づいた高血圧の原因は腎臓にあるという仮説、体外に塩分を排泄するために血圧を上げて尿中塩分濃度を上げている
1958年 ベルリンガーが、糸球体濾過率が30~35%以下になると、尿の濃縮能力が著しく低下することを指摘
1959年 アメリカの心臓内科医のカール・ウィリアム・ゴットシャルク(Carl W. Gottschalk)とマルガレーテ・マイル(ミルレ)(Margareta Mylle)が、微小穿刺実験で髄質に浸透圧勾配が存在することを確認
皮質のほう(外層)から髄質の深部に向かって浸透圧が徐々に増加し、腎乳頭の付近では1200mOsmを超える非常に高い浸透圧を示すことが示されました。
1960年代から1970年代にかけて ヘンレループ上行脚の役割が特定
単離灌流尿細管(尿細管を単離し、外部から生理食塩水などの灌流液を流す)の研究や微小穿刺実験などで、ヘンレループ上行脚の役割がわかりました。
ヘンレループの細い管は扁平な上皮細胞で、ミトコンドリアや膜のヒダがほとんどなく、能動輸送は行われません。ヘンレループの下行脚では、深くなるほど浸透圧の高くなる髄質で、水分が再吸収されます。
ヘンレループの上行脚は浅いところ(皮質)へ行くほど、ナトリウムイオンの再吸収が増えます。このような対向流機序により受動的に尿は濃縮されます。
ヘンレループの太い上行脚は、水が通り抜けにくくなっています。ここにはNa-K-2Cl共輸送体があり、上行脚を通る原尿からナトリウムイオンと塩化物イオンを間質へとくみ出しています。
上行脚の横を通るヘンレループの細い下行脚では、原尿の水が周囲の間質(ナトリウムイオンと塩化物イオンの濃度が高い)に吸い寄せられます。
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| 腎尿細管細胞の細胞特性Ⅰ―水・電解質の輸送より |
1971年 ベルディング・スクリブナー(BeldingScribner)が透析を導入しないと決定することの重要性、そして、いつ中止するかを決める難しさを予測
“The Courageto Fail :A Social View of Organ Transplantsand Dialysis”
1976年 サンジャナ(Sanjana VM)が、採血可能な髄質深部における下行直細血管内の血漿タンパク濃度は、皮質―髄質境界領域における下行直血管での濃度の1.14倍であると報告
1976年 サンジャナ(Sanjana VM)が、採血可能な髄質深部における下行直細血管内の血漿タンパク濃度は、皮質―髄質境界領域における下行直血管での濃度の1.14倍であると報告
1997年 パッローネが、間質のナトリウムイオンと塩化物イオンが下行直血管から水を引き出すことを報告
■主な参考資料
Rauber-Kopsch解剖学
ホーマー・W・スミスの遺産:腎臓生理学のメカニズムに関する洞察
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC522263/
腎髄質の機能 と形態 1.形 態 腎髄質 の微細構造
腎尿細管細胞の細胞特性Ⅰ―水・電解質の輸送
細い管内での逆浸透効果により腎臓で尿が濃縮される
3.経 皮的腎生検
De structura renum tractatus physiologico-anatomicus
https://books.google.co.jp/books?id=MyE_AAAAcAAJ&printsec=frontcover&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false
高分子科学風塵帖—古き好き時代—



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