3-5 患者の意思決定を支援する人生会議だが、往々にして会議はモメる
3-5 患者の意思決定を支援する人生会議、往々にして会議はモメる
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| 中央社会保険医療協議会 総会(第624回) 議事次第より |
仕事の場で会議は多数開かれますが、「出席者の意見がきれいにまとまった」ということは、ほとんどないでしょう。会議について書かれた本の宣伝文句に「ブレない モメない ダラけない」とあったのですが、これはブレる・モメる・ダラける会議に悩まされている人が多いという証拠といえます。
ただ、仕事である以上、利益の追求という目標は部内のメンバーで一致しています。さらに「長」が責任を取るのは明確なので、最終的な決定権は長にあります。
一方、家族や地域活動などの話し合いでは、目標はバラバラで、責任を誰が取るのかもうやむや。仕事での会議以上にブレて、モメて、ダラけがちです。メンバーが泣きだしたり、怒ったりと、理性的ではなく感情的なやり取りも珍しくありません。
コミュニケーションというものは、口で言うのは簡単ですが、実際に行うのは大変なものです。冷静でいられるほうが稀です。
ところで、「人生会議」という言葉を目にしたことはあるでしょうか。これはアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の普及と啓発を目的に、厚生労働省がつけた呼び名です。 2018年の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の改訂で、ACPという言葉が注目されるようになりました。
命の危険が迫った状態になると、医療やケアなどを自分で決めたり、希望を伝えたりすることが困難になります。そんな将来に備えて行っておくのが人生会議で、日本医師会のサイトで次のように説明されていますが、「会議」なだけになかなか大変です。
ACP(Advance Care Planning)とは、将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、 本人を主体に、そのご家族や近しい人、医療・ ケアチームが、繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援する取り組みのことです。
この文章の「本人」は、多くの場合、終末期の患者さんということになるでしょう。患者さん自身が自分の病気はおろか、「人間は老いて、死ぬ」ことが受け入れられない場合、それから自分の症状を医師に質問して、返答が来ても、同じ質問を何度も繰り返す場合も遭遇してきました。
なかには、「全部医師に任せたい」「自分で判断したくない」という患者さんもいます。
「そのご家族や近しい人」についても、仕事や子育て、介護などで忙しく、普段の生活で人体の仕組みや病気を知る機会はほとんどありません。
そして、必ずしも家庭円満とは限らない、というよりも、円満なほうが珍しいのではないでしょうか。夫婦仲は悪いが親子関係はよい、親子関係はよいがきょうだい(兄弟姉妹)は険悪など、さまざまです。
また、子どもたちは遠距離に住んでいて、離れて暮らしていたから円満に見えていたものの、ひとたび親が病気になると「誰が面倒を見るのか」「お金はどうやって負担するのか」「突然、遠い親類が介入してきた」などでもめ始めるケースもありました。
患者さん・家族と医療・ ケアチームとでは、知識と経験で大きな差があるうえ、共通の目標や責任の所在も曖昧です。
医師については、医師免許はもちろん取得していても、コミュニケーションの達人というわけではありません。そして、多くの場合は忙しいものです。
十分なコミュニケーションを通して関係者全員が納得できる合意形成ができれば、誠に素晴らしいことではありますが、なかなかに難しいのではないでしょうか。
会議中には、ずっと沈黙しているメンバーもいるでしょう。それは理解しているからでも、納得しているからでもなく、モヤモヤを言語化できていない可能性があります。
逆に、ペラペラと能弁に語っている人が、実は自分でもしゃべっている内容がよくわかっていなかったり、他者の意見を聞いてなかったりしていることは珍しくありません。
私たちはたくさんの矛盾を抱えていても、日常生活はなんとなく無事に過ごせるものです。そんな生活で、突然、「さあ、人生会議を始めましょう」とメンバーに入れられても、なかなか議論にはついていけません。
人生会議については、こうした限界が感じられます。
医療・介護・福祉の現場では、これまでにも患者さんの苦しみに目を向けて、本人や家族の希望を反映したケアが模索されてきました。現場にはいない私たちは、圧倒的に知識と経験が不足しています。「ならば、医療関係者に任せておけばよい」という姿勢ではなく、慢性腎臓病だと診断された時点で、まずは患者さんと家族で腎臓や病気に関する知識を蓄えて、それぞれの気持ちを言語化する作業を始めることが、人生会議の一歩のように思えます。
■主な参考資料
『腎不全の緩和ケア』(監修/東京ベイ・浦安市川医療センター 鈴木利彦 南山堂)
腎臓内科医から見た腎不全患者の緩和ケアの現状と課題
柴垣 有吾
慢性疾患患者の「希望」とは健康、役割、生きがいの3つが成立することが必要である(中略)特に、日本人特有なのが、人(特に家族)に迷惑をかけたくないという気持ちである。32ページ
共同意思決定、アドバンス・ケア・プランニング、保存的腎臓療法など言葉や理念が先行して、その具体的な中身の充実や実践が抜けていると言わざるを得ない。その理由として、1つには余程のことがない限り、腎代替療法を行わないという選択肢がないに等しかったことがある。(中略)腎不全でなくても、緩和ケア医や心不全医(特に在宅医療を行っている)、在宅診療医などの知見は極めて有効なはずだが、その連携がほとんど取られていないことが2つ目の問題であろう。
34ページ



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