睡眠の基礎知識5 科学的な睡眠研究の歴史(生体電気・脳波との関係)

  日本睡眠学会では、現代の科学的な睡眠研究は、ルーマニア出身でオーストリアの精神科医であるフォン・エコノモ(Von Economo、1876 - 1931年)の研究にさかのぼるとされていました。
 エコノモは、第一次世界大戦中に流行した嗜眠性脳炎(エコノモ脳炎)の脳の損傷を調べました。
 嗜眠性脳炎では、一日中、うとうとと眠っている症状が長く続きます。エコノモは、死亡した患者の大脳の脳室を囲む部分に、病巣があることを発見しました。そして、睡眠をつかさどる中枢が、脳室を囲む神経細胞の集団(解剖学でいう間脳)にあるという仮説を、1926年に提唱しました。


 ただ、その後の睡眠の研究は、主に脳波との関係で進められていきます。

 脳には500億~1000億個以上の神経細胞(ニューロン)が存在します。電気信号が、神経細胞の樹状突起から細胞体を経由して、軸索を通り、次の樹状突起へと流れます。こうして、神経細胞から神経細胞へと、電気信号で情報が伝えられる仕組みになっています。
 脳波は、神経細胞のネットワークを流れた電気を外から読み取ったものです。


 脳波は時々刻々と変化する脳の自発的電気的活動を頭皮上の電極から記録したものです。脳波は読んで字の如く波から構成され、しばしばリズムを形成します。0.5~1秒ほど一定の周波数の波が連続すると人間の目には脳波が律動的に見えます。脳の活動状態により脳波の波形、振幅、周波数が変化します。



 今回は、脳波(体を流れる電気の一種)と関係する研究の歴史について調べてみました。

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 古代から、シビレエイやデンキナマズなどから電気(感電)の存在は知られていました。
 1600年頃からヨーロッパでは電気に関する研究が盛んになり、発電機(静電発電機)や検電器など電気に関する機器が発明されました。

 そして、私たちの体に流れる微弱な電気「生体電気(動物電気)」が、イタリアの解剖学者のルイージ・ガルバーニ(Luigi Galvani、1737 - 1798年)によって発見されました。
 電流を検出して測定する検流計を、ガルバノメータ(Galvanometer)といいます。ガルバノメータの由来は、ガルバーニだとされています。
 なお検流計については、小学4年生の理科で、実験で用いるようですね。
銅線を巻いたコイルに磁石を近づけると電気が発生するという実験で「G]と書かれた器具が検流計



 電気の研究は、生理学や物理学など、多方面で進められていきます。

 1825年に、イタリアの物理学者であるレオポルド・ノビーリ(Leopoldo Nobili、1784 - 1835年)が無定位検流計を発明。無定位検流計とは、電流のそばに磁針を設置して、その振れによって電流の大きさを測る機器です。

 1833年に、ホイートストンブリッジがイギリスの科学者であるサミュエル・ハンター・クリスティ(S.H.Christie、1784 - 1865年)によって発明され、1843年にチャールズ・ホイートストンによって広められました。ホイートストンブリッジでは、未知の抵抗を含む4つの抵抗をブリッジ状に配置して、中間点の電位差を測定することによって、未知の抵抗値を測定します。

 1858年には、ウィリアム・トムソン(William Thomson、1824 - 1907年、1892年にケルビン卿になる)が、反照検流計(鏡検流計)を発明しました。

 フランスの医師、物理学者であるジャック=アルセーヌ・ダルソンバール(Jacques-Arsène d'Arsonval、1851‐1940年)が可動コイルダルソンバール検流計、フランスの物理学者のガブリエル・リップマン(Gabriel Lippmann1、845‐1921年)は毛管電位計を発明しています。

ダルソンバール検流計(Wikipediaより)




 このように検流計の開発が進んだことで、脳波が発見されます。

 イギリスのリバプール医学校の生理学教授であるリチャード・ケイトン(Richard Caton、1842‐1926年)がウサギやサルなどの頭蓋を開き、大脳半球の電気的性質を検流計を用いて調べ始めました。1875年に、微弱な電流が発生することを発見したほか、睡眠や覚醒、昏睡状態、死亡時と関連した電流の変化を測定しました。

 ケイトンの発表の後、動物の脳に直接電極を設置して、脳活動を記録する研究が盛んに行われました。

 頭皮から電気活動を記録することに成功したのが、ドイツの精神科医でイエナ大学精神科教授のハンス・ベルガー(Hans Berger、1873 - 1941年)です。

ハンス・ベルガー(Wikipediaより)

 1924年に、ベルガーは15歳の息子の頭皮から初めて人間の脳の電流を記録することに成功し、これを脳波(Electroencephalogram、EEG)と名付けて1929年に発表しました。また、8-12 Hzの脳波(現在のα波)をベルガー波と名付けました。


 脳の電気刺激によって睡眠を誘発することに成功したのが、スイスの生理学者のヴァルター・ヘス(W. R. Hess、1881 - 1973年)です。内臓の調節を含む間脳の機能領域をマッピングして、1949年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
ヴァルター・ヘス(Wikipediaより)




 イタリアの神経生理学者であるジュゼッペ・モルッツィ(G.Moruzz)と、アメリカの解剖学者であるホレイス・ウィンチェル・マゴーン(H.W.Magoun)は、共同で“Brain stem reticular formation and activation of the EEG”という論文を1949年に発表します。この論文には、覚醒を維持する神経機構である上行性脳幹(Brain stem)網様体(reticular formation)賦活系(activation of the EEG)の発見について書かれ、本格的な睡眠研究の幕開けが到来したと日本睡眠学会のサイトで紹介されていました。





 アメリカのシカゴ大学の大学院生のユージン・アゼリンスキー(Aserinsky)と、教授のナサニエル・クレイトマン(Nathaniel Kleitman、1895 – 1999年)がヒトのレム睡眠(rapid eye movement sleep、REM sleep)の発見しました。
 アゼリンスキーは、眠っている7歳の息子の閉じたまぶたの下で、目玉がきょろきょろと動いていることに気付きました。そして、自分の息子や大人のボランティアで、脳波と眼球運動の関係を調べました。こうしてレム睡眠が発見されました。
 さらに、レム睡眠中に泣きだした被験者が悪夢を見ていたことを知り、レム睡眠中の被験者を起こして夢の有無を聞くと、ほぼ例外なく夢を覚えていることに気付きました。このとき初めてレム睡眠で夢を見ていることが明らかになりました。
 寝ると筋肉が弛総するため、睡眠の深さの判定に筋電図も取り入れました。
 これらの研究は、1953年に発表されました。

 シカゴ大学のクレイトマン教授のもとで研究していたウィリアム・デメント(William C. Dement、1928 – 2020年)はレム睡眠などの研究を行い、1955年に“Dream recall and eye movements during sleep in schizophrenics and normals”(統合失調症患者と健常者における睡眠中の夢の想起と目の動き)という論文を発表します。

 1959年には、フランスの脳生理学者のミッシェル ジュヴェ(Michel Jouvet、1925 – 2017年)が、逆説睡眠を発見します。逆説睡眠とは、レム睡眠中に見られる、行動的には眠っているのに脳波は覚醒時に近い状態睡眠です。

 この後も、レム睡眠・ノンレム睡眠と脳波などの関係について、さまざまな研究が行われています。
 
 レム睡眠・ノンレム睡眠と関連して、「睡眠時間は90分の倍数にするとよい」ということがよくいわれてきました。
 睡眠周期は約90分で、ノンレム睡眠が60~80分にわたって出現し、その後、レム睡眠が10~30分ほど続いて1つの睡眠周期が終わります。1晩の睡眠で、睡眠周期が4~5回繰り返されています。そのため、90分の倍数にすると、レム睡眠のタイミングで目覚められて目覚めがよくなると考えられたのでしょう。

 ただ、睡眠周期には個人差があるだけでなく、就寝時間や疲労度、飲酒などさまざまな要因が関連しています。また、レム睡眠は概日リズムが強く影響しているとされています。ですから、「睡眠時間を90分単位にすることにこだわる必要はない」「夜更かししないほうが大事」と、専門家は話していました。

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 なお、脳波には、次のものがあります。
〇α(アルファ)波:8~13Hz
〇β(ベータ)波:14~30 Hz
〇θ(シータ)波:4~7Hz
〇δ(デルタ)波:0.5~3Hz
 ※δ波、θ波は徐波、β波は速波とも呼ばれる

〇P波:主にレム睡眠時に脳幹の橋(Pontine)で発生するスパイク状の波形
〇リップル波:脳の海馬で発生する100~200Hzの脳波で、記憶の固定や保存に重要であると考えられている

ノンレム睡眠とレム睡眠:小山純正より


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 近年では、神経細胞は電気信号ではなく、細胞膜表面を伝わる機械的な波で情報を伝えているという「表面波説」が注目されているそうです。電気については、波に付属するものというような考え方のようです。


■主な参考資料
日本睡眠学会

20世紀西洋人名辞典

5段階ある睡眠の定義

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