超文系人間がちょっと細かく調べてみた その5 シビレエイと電池の発明との関係

 「電気分解」を調べたいと思い、歴史をさかのぼると大変なことになってしまいました。

 結論から言うと、古代からシビレエイの存在、そして感電で痛みなどが消える現象が知られていたことから、ボルタの電池の発明に至ったのではないかというお話です。
 電気ショックが治療に役立つと知っていなければ、ガルバーニも実験を行っていなかったのではないかと。

 それにしても、昔の人は無茶な実験をやったのだなと、しみじみ思います。

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 古代バビロニア人は、痛みは罪の報いであり、悪魔の呪いと見なしていました。そのような考え方が長く続いたのでしょうか、西洋では痛みは「人間の罪に対する神の罰」として捉えられていたのです。痛みを表す英語の「pain」やフランスの古語「peine」は、「penalty(刑罰)」の語源でもある古代ギリシャ語の「ποινη′(poinê)」から来ていると考えられています。

 痛みを電気刺激で和らげる治療法は、古代から存在していました。

 デンキナマズについては、紀元前3世紀頃のエジプトの壁画に描かれていて、電気を発生させる魚の存在は知られていました。
 紀元前2世紀にローマのマーセラス(Marcellus de Sida)という医師が、シビレエイに感電した後で痛みがなくなった患者のことを知り、電気を発生させる魚を使った治療法を開発しました。
 また、ギリシャの医師のエートスが、痛風の治療にシビレエイを使用しています。 
 ギリシャの哲学者のソクラテス(紀元前466 - 前399年)やプラトン(紀元前427 - 前347年)の逸話にも、シビレエイが登場します。


シビレエイ(シビレエイ発電機をつくっています。より)



 おそらく、痛みに困っていた人が、たまたまシビレエイで感電したところ、痛みが消えたのでしょう。経験的に電気ショックが痛みや麻痺の治療に役立つとわかり、ヨーロッパでは1000年以上にわたって治療法として続けられてきました。 

  電気については、古代ギリシャの哲学者であるタレス(紀元前624~前546年頃)が発見していました。琥珀(こはく)を布でこすると、ホコリなどが琥珀にくっついたことから、なにかの力が働いていると考えたのです。
 ただ、タレスはホコリなどが琥珀に引き寄せられる力を磁力と考えていたようです。
 磁力については、当時、すでに知られていたのでしょう。紀元前3000年頃、古代ギリシャの遊牧民が、靴の金属の部分や、杖の先の鉄で出来た部分にくっつく石、つまり磁石を発見していたからです。

 こうしてヨーロッパでは、16世紀まで電気と磁気は混同されていました。

 電気と磁気が違うものだと実験で明らかにしたのは、イギリス王立医学学校の教授でエリザベス一世の主治医であったウィリアム・ギルバート(1540~1603年)です。ギルバートは「磁気学の父」と呼ばれています。
 摩擦した琥珀がチリや灰などを引き寄せるのは、琥珀から「発散気(effluvia、エフルヴィア)」が放出されるからだと説明しました。琥珀とチリの間に何かを置くと引き寄せなくなるのは、発散気が遮断されてしまうからだとも述べています。電気を表す英単語 electricity はギリシャ語の琥珀、ηλεκτρον (elektron)が由来とのこと。
 磁力については、磁石と鉄の間に何か置いても引き寄せるため、発散気ではなく、物体に内在する霊魂(アニマ)同士が引き寄せ合っていると説明しました。うーん、スピリチュアル。

 また、1600年にギルバートは検電器を発明し、「versorium」と名づけました。

 versoriumはラテン語で「振り向く」という意味です(出典:Wikipedia Versorium)。


 1746年に、オランダの科学者であるピーテル・ファン・ミュッセンブルーク(Pieter van Musschenbroek、ピーター・ヴァン・マッシェンブレーケ)が、静電気を蓄えられる「ライデン瓶」を発明しました。そして静電気を使った治療が、イングランド国教会の司祭であるジョン・ウェスレー(John Wesley)たちによって開発されたものの、効果はなかったそうです。

 1752年に、スイスの心理学者であるヨハン・ゲオルク・ズルツァー(Johann Georg Sulzer)が「舌の実験」を行い、2種類の金属を舌の先端に接触させると、舌を刺激する感覚がしたと発表しました。

 イギリスの解剖学者・外科医のジョン・ハンター(John Hunter)は、1774年に電気ショックで3歳の少女を救命したと報告しています。1776年には、心停止の治療にふいごで酸素吸入し、電気的治療を行うことを推奨しました。また複数の救助者がいれば、実施した手順を記録に残すように提案しました。
 1775年には、デンマークの医師・獣医師であるピーダ・クリスチャン・アビルゴール(Peter Christian Abildgaard)が、電気ショックによる心停止の実験を行ったとのこと。

 当時のヨーロッパでは、科学者から医師、心理学者まで、電気に興味を持っていたことがわかります。
 
 この時代には、電気が発生する現象として、以下が知られていました。
〇摩擦
〇不安定な大気(雷)
〇生物(シビレエイ、デンキナマズなど)

 歴史を少し巻き戻すと、1753年に、イギリスの物理学者のジョン・キャントン(John Canton)が、「静電誘導」を発見。 
 静電誘導とは、金属などの導体(電気や熱をよく通す物質)に、正または負の電気を帯びたを帯びた物体(帯電体)を近づけると、導体の中の正または負の電気の分布に偏りが生じて、導体が帯電体に引きつけられる現象のことです。
 子ども向けの実験で「布でこすったプラスチックの定規を、蛇口から流れる水に近づけると、水が曲がる」というものがあります。


 また、1753年にキャントンは検電器の改良を行いました。

 静電誘導が発見されたことで、電気を得る方法も変わりました。物体を摩擦する摩擦起電方式ではなく、静電誘導を利用して電荷を増幅する静電誘導方式の発電機が開発されたのです。

 その原型は、1787年にイギリスの物理学者であるアブラハム・ベネット(Abraham Bennet)が発明した電気倍増装置です。
 ベネットは同じく1787年に、箔検電器を発明しました。

 ベネットの箔検電器はガラス容器に収まっているもので、象牙の台に5センチほどの金箔を2本吊るしたものです(出典:Wikipedia Abraham Bennet)。


 1762年に、スウェーデンの物理学者であるヨハン・ヴィルケ(Johan Carl Wilcke)が、静電誘導によって静電気を手軽に得る装置「電気盆」を開発しました(出典:Wikipedia Electrophorus)。

 この電気盆を、イタリアの物理学者であるアレッサンドロ・ボルタ(Alessandro Volta)が、1775年に改良(当時のボルタは王立高等学校の教師)。ボルタはギリシャ語のήλεκτρον(elektron)とϕέρω(phero)を組み合わせて、「電気を運ぶもの」を意味するelecrtoporusという言葉を作り、改良した電気盆は国内外で評判になりました。



 1782年には、コンデンサに関する論文を発表しています。 電気盆は金属板(盆)と絶縁体の重ねたもので、金属板→絶縁体→金属板と三重に重ね、 下の金属板はアースし、上の金属板は絶縁の取っ手をつけました。 上板に電気を加えてから引きはがすと、この上板に検電器が強く反応します。 これによって、「引きはがす」ことで、少量の電荷でも強い電気力が発生することを確認した。 ボルタはこれを、電気を濃縮(コンデンス)するという意味から「コンデンサトーレ」と命名しました。これが現代の電子部品「コンデンサ」の名前の由来です。
 1787年には、箔検電器を改良して、麦わらを使ったストロー検電器を発明しました。

 ボルタと同時代で、電気関連で有名なのはルイージ・ガルバーニです。
ルイージ・ガルバーニ(Wikipediaより)


 ガルバーニはイタリアのボローニア大学の産科学教授であり、解剖・生理学者でもありました。
 当時は、カエルを使った実験が数多く行われていたそうです。たくさんいるし、小さいし、実験しやすかったのでしょう。

 そもそも、ガルバーニは医師です。前述したように、電気は痛みや病気の治療に使えると考えられていたことから、ガルバーニも摩擦起電機を持っていました。

 ガルバーニは、カエルの脊髄神経を露出させて、電気を流す実験を行っていました。脊髄神経に放電すると、カエルの足は痙攣します。ただ、実験を続けるうちに、起電機に直接接続されていなくても、カエルの足が放電のたびに痙攣することがわかりました。
 この現象が、大気中の電気によるものだと、ガルバーニは考え、雷でも同じ現象が起こると予測しました。そこで、カエルの脊髄神経と避雷針を接続して、痙攣するかどうかを調べたのです。雷が鳴ると、カエルの足は痙攣を起こしました。こうした実験を積み重ねて、痙攣は電気がカエルの足を流れた結果であることを明らかにしました。
 カエルの神経に真鍮のフックを取り付けて、それを屋外の鉄柵にひっかけておいたところ、足が鉄柵に触れると、天気に関係なく痙攣が起こる場合があることを発見します。
 そして1780年。異なった2種の金属が神経に触れると、電気を流さなくても、カエルの足が痙攣すると発見しました。
 この現象を彼は「カエルの体内で電気が発生し、神経を通じて電気が伝わり筋肉を収縮させる」と考え、1791年に、動物の体から電気が生まれている「動物電気」として発表しました。

※Wikipediaの「カエル検流器」には別の説が掲載されていて、ほかにはカエルでスープを作ろうとしていたら発見につながったという説もあります。
ボローニャ大学の講師だったルイージ・ガルヴァーニは1780年ごろからカエルの神経系を研究していた。アヘン剤と静電気に対する筋肉の反応を調べる実験では、脊髄とつながったまま下肢を切り出して皮を剥く必要があった。1781年[6]、その処理を行っている間に一つの発見があった。助手の一人が露出した下腿神経にメスで触れたのと同時に、そばの起電機が放電したのである。肢はその瞬間にけいれんした[7]。ガルヴァーニは切除した肢(構造節参照)の神経と筋肉に金属回路を接続すればけいれんを起こせることを発見し、これがカエル検流器の誕生となった[8]。これらの結果は1791年の著書 De viribus electricitatis で発表された[9]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A8%E3%83%AB%E6%A4%9C%E6%B5%81%E5%99%A8


 ガルバーニの実験に感銘を受けたボルタは、追試験しました。そして、同種の金属を使った場合はカエルの脚は反応せず、異種の金属を接触させたときにだけ痙攣することに注目。

 また、ズルファーの「舌の実験」を参考にし、ボルタも自分の舌で実感を行いました。2種類の金属で舌を挟むと、しびれや独特の味が生じ、額と口の中に2種類の金属を接触させてつなぐと、目に光を感じました。この実験を通じて、ガルバーニの電気は動物由来ではなく、種類の異なる金属の接触によるものとボルタは考えたのです。

 この仮説を証明しようと、ボルタはさまざまな金属の組み合わせを試し、1794年に装置を完成させます。
ボルタと電堆(Britannicaより)

 それはシビレエイの発電器官を参考にした直列構造で、亜鉛と銅の間に塩水で湿らせた布(紙という説も)を挟み、何層も積み上げたものでした。これを直列に接続すると直列数に比例して効果が高り、ライデン瓶のように一回の放電で終わらないことも確認されました。
シビレエイの発電器官(シビレエイ発電機をつくっています。より)


 この発明はヨーロッパ中に伝わり、追試験でも発電・放電が確されました。この装置は、ボルタからは「人工発電装置」と名づけられましたが、多くの人からは「電推(でんたい)」と呼ばれました。
 1800年に、ボルタは電推を改良し、塩水を希硫酸に変えて、より大量の電流を持続的に取り出せるようにしました。これが、後年、「ボルタの電池」と呼ばれるものです。
 1801年に、北イタリアを制圧していたナポレオンは、ボルタをパリに招いて実験を披露させ、メダルと爵位を与えています。

 1836年には、イギリスの化学者であるジョン・フレデリック・ダニエル(John Frederic Daniell)がダニエル電池(Daniell cell)を発明しました。
ジョン・フレデリック・ダニエル(左)とマイケル・ファラデー(右)(Linda Hall Libraryより)



 なお、ボルタ電池の仕組みについては、かなり複雑とのことです。

ボルタ電池の中で起こる現象は非常に複雑なもので、電気化学を教える導入としてこれを用いるときは、いろいろ難しい面倒なことを説明しなければならなくなり、生徒に無用の混乱を起こす恐れがある。それで(すでにいくつかの教科書に見られるように)、ダニエル電池によって説明を行い、ボルタ電池は歴史的な参考として扱うくらいが適当なものと考えられる。ちなみに欧米の教科書においても、ボルタ電池にはほとんど触れないものが多い。
ボルタ電池はもうやめよう一問題の多い電気化学分野の記述

■参考資料
いつでも自由に電気を使える!ボルタがつくった「電池のある世界」

痛みと鎮痛の歴史閑話 第2回 電気を使った痛みの治療の歴史―シビレエイとマラー、そしてボルタから

シビレエイ発電機をつくっています。

低周波治療のメカニズム

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