睡眠の基礎知識7 脳のないクラゲやヒドラも眠る不思議
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サカサクラゲ(写真/opencage) |
例えば、波にぷかぷかとクラゲが浮かんでいるとします。このクラゲは眠っているのでしょうか。それとも、漂っているだけでしょうか。
それから、網戸にハエがとまっているとします。このハエは眠っているのでしょうか。それとも、じっとしているだけでしょうか。
人間などの哺乳類とは違って、クラゲやハエなどは脳波を計測できません。こうした動物の覚醒・睡眠の研究では、眠っている状態(睡眠)と活動を止めているだけの状態(休息)とを、以下の3点で区別しています。
睡眠は、覚醒の量に比例します。夜、眠気を我慢して起きていた場合、体は疲れていなくても、翌日の睡眠量は増えます。
一方、休息は運動量が多ければ、長くなります。
睡眠の特徴
1 睡眠は概日リズムに制御されるが、休息は昼夜を問わない
2 睡眠の量が恒常性維持機構によって調節されている
睡眠は、覚醒の量に比例します。夜、眠気を我慢して起きていた場合、体は疲れていなくても、翌日の睡眠量は増えます。一方、休息は運動量が多ければ、長くなります。
3 睡眠中は外部からの刺激に対して、反応性が低下する
深い睡眠時は外部からの情報入力が遮断された状態なので、軽く触れられた程度では目を覚ましません。一方、休息しているときは意識があり、軽く触れられたら反応します。
なお、強く体を揺すられても反応をしないのは、眠っているのではなく気を失っている状態となります。
1992年に、ドイツのイレーネ・トブラー(Tobler, I.I. )とマーチン・ノウナーイェーレ(Neuner-Jehle, M.)は、ゴキブリが寝ているような状態を示すことを報告しました。一般に、私たちが家などで見かけるゴキブリはカサカサと素早く動くのですが、実験室ではじっとしている様子が観察できたのでしょうね……
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イレーネ・トブラー(スイスのチューリッヒ大学サイトより) |
2000年には、アメリカのペンシルバニア大学のジョン・ヘンドリクス(Joan C. Hendricks)と、ワシントン医科大学のポール・ショウ(Paul J Shaw)の2つのグループが、それぞれの研究で、上記の3点の睡眠の特徴をショウジョウバエ(Drosophila「ドロソフィラ」)が示したと発表しました。
その後、ショウジョウバエで睡眠と時計遺伝子との関連など、さまざまな研究が行われます。そして、ショウジョウバエの睡眠制御メカニズムには、哺乳類との共通点が多いとわかってきました。
2006年にアメリカのソルトレークシティで開かれた米国睡眠学会(APSS)で、ペンシルバニア大学のアラン・パック(Allan Pack)が行った基調講演は、哺乳類以外の動物、具体的にはゼブラフィッシュ・ショウジョウバエ・線虫の睡眠についての研究が紹介されました。
これまでに発表されたショウジョウバエの睡眠に関する研究結果
1.ショジョウバエの睡眠の行動学的な最初の記載(Hendricks et al . Neuron, Shaw et al . Science,2000)
2.cAMP-CREB の系が睡眠量の調節に重要(Hendricks et al . Nature Neurosci.,2001)
3.睡眠は生存に必須である(Shaw et al . Nature,2002)
4.脆弱 X 症候群遺伝子の異常が,睡眠量を変化させる(Inoue et al . Curr. Biol ., Morales et al . Neuron,2002)
5.脳の電気生理学的な活動が,睡眠・覚醒状態と相関する(Nitz et al . Curr. Biol .,2002)
6.性差が睡眠の性状に影響を与える(Hendricks et al . J. Biol. Rhythms,2003)
7.覚醒物質であるモダフィニルが覚醒を増加する(Hendricks et al . Sleep,2003)
8.脳の電位変化が覚醒を規定する(van Swinderen et al . Curr. Biol .,2004)
9.ドーパミンが睡眠覚醒調節に関与する(Andretic et al . Curr. Biol ., Kume et al . J. Neurosci.,2005)
10.カリウムチャンネルの変異が短眠・短寿命を引き起こす(Cirelli et al . Nature,2005)
11.老化と睡眠量に相関がある(Koh et al . PNAS USA,2006)
12.脳のキノコ体が睡眠の調節を行う(Joiner et al . Nature, Pitman et al . Nature,2006)
13.セロトニン受容体1A 型が睡眠量の増加に関与する(Yuan et al . Curr. Biol .,2006)
14.飼育環境の差による覚醒状態が睡眠量を変化させる(Ganguly-Fitzgerald et al . Science,2006)
ショウジョウバエの睡眠覚醒研究
https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2018/12/79-01-06.pdf
https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2018/12/79-01-06.pdf
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どこからともなく侵入するコバエ(イラスト/イラストの里) |
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脊椎動物のモデル生物としてよく用いられるゼブラフィッシュ(Wikipediaより) |
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成虫でも長さは1mm程度で、肉眼では見ることが難しいものが多い線虫(Wikipediaより) |
ゼブラフィッシュは魚類、ショウジョウバエは昆虫、線虫は線虫類です。どの動物種においても、睡眠は脳機能(脳や中枢神経系)と深く関連していて、「睡眠と脳は切り離せない関係性にある」と考えられてきました。
ところが、2017年に、刺胞(しほう)動物であるクラゲの一種「サカサクラゲ」に、睡眠様状態が存在する可能性を、カリフォルニア工科大学の研究グループが発表しました。
刺胞動物は、毒針を発射させる細胞(刺胞細胞)を持っています。多くは放射相称の構造をしていて、クラゲ類、サンゴ類、イソギンチャク類などが含まれます。口があって肛門がないため、口から食べ物を食べて、体内の空所である腔腸(こうちょう)で消化し、食べカスは口から吐き出します。
クラゲの神経系は散在神経系で、中枢がありません。そのため、睡眠は、脳だけではなく末梢でもなんらかの役割を果たしていることが示されました。
同じく刺胞動物であるヒドラ(Hydra)の睡眠については、九州大学の研究グループが検証しています。そして、ヒドラには明確な睡眠位相が存在していることが明らかになりました。
ヒドラは淡水に生息し、池や沼の枯れ葉や水草、石などに付着しています。体長は1cmで、体形は細長い円筒形でやや細くなった一方の端で付着し、他方の端には5~8本の触手が生えていてその中心に口があります。触手の刺胞でミジンコなどの小動物を捕らえて食べています。
ヒドラは淡水に生息し、池や沼の枯れ葉や水草、石などに付着しています。体長は1cmで、体形は細長い円筒形でやや細くなった一方の端で付着し、他方の端には5~8本の触手が生えていてその中心に口があります。触手の刺胞でミジンコなどの小動物を捕らえて食べています。
ヒドラという名前の由来はギリシャ神話に登場する9つの頭を持つ水蛇「ヒドラ」です。「ヒドラ」は頭を切り落とされてもまた新しい頭が生えてくる怪物で、ヒドラも体を切られても完全な形に再生できる能力があることからこの名が付けられました。
九州大学のグループが、ヒドラにさまざまな物質を投与して睡眠長の変化を調べたところ、メラトニンやGABAだけでなく、人間などでは覚醒作用を持つドーパミンでも睡眠が促進されることがわかりました。
「私たちは、どうして眠るのか」
この疑問に対して、「脳を休めるため」と長く考えられてきました。しかし脳のない生物も眠るとなると、また別の理由がありそうですね。
※ショウジョウバエが研究に使われる理由
オーストリアの生物学者・司祭のグレゴール・ヨハン・メンデル(Gregor Johann Mendel、1822-1884年)は「遺伝学の父」と呼ばれています。メンデルは、1856~1863年の8年間にわたってエンドウマメの交配実験を行いました。そして3つの法則を発見します。
〇分離の法則 生殖細胞形成時に対立遺伝子が分離し、子世代にはそのうちの一つがランダムに伝えられる
〇独立の法則 異なる遺伝子座の遺伝子は、それぞれ独立して分離し、再度組み合わされる
〇顕性の法則 対立する形質のうち、どちらか一方の形質が現れる
メンデルは遺伝子の存在を仮定していました。それが、実際に染色体の中に存在することを確かめたのが、アメリカ合衆国の遺伝学者であるトーマス・ハント・モーガン(Thomas Hunt Morgan、1866 - 1945年)です。
※ショウジョウバエが研究に使われる理由
オーストリアの生物学者・司祭のグレゴール・ヨハン・メンデル(Gregor Johann Mendel、1822-1884年)は「遺伝学の父」と呼ばれています。メンデルは、1856~1863年の8年間にわたってエンドウマメの交配実験を行いました。そして3つの法則を発見します。
〇分離の法則 生殖細胞形成時に対立遺伝子が分離し、子世代にはそのうちの一つがランダムに伝えられる
〇独立の法則 異なる遺伝子座の遺伝子は、それぞれ独立して分離し、再度組み合わされる
〇顕性の法則 対立する形質のうち、どちらか一方の形質が現れる
メンデルは遺伝子の存在を仮定していました。それが、実際に染色体の中に存在することを確かめたのが、アメリカ合衆国の遺伝学者であるトーマス・ハント・モーガン(Thomas Hunt Morgan、1866 - 1945年)です。
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トーマス・ハント・モーガン(写真/THE NOBEL PRIZE) |
それまでの研究では、遺伝学の実験材料として作物や家畜などが使われていましたが、1890年代後半にモーガンは、ショウジョウバエを使って遺伝の解析を始めました。
ショウジョウバエは、腐った果物や夏にゴミを捨て忘れたときなどによく飛んでいるハエです。比較的飼うのが簡単で、世代サイクルも早いのでモーガンは使い始めたのですが、いくつかのことに気づきました。例えば、野生型の目は赤だけれども、ときどき白い目のハエが出てきます。体の色はだいたい黒っぽいのですが、黄色っぽいハエも現れました。モーガンは赤目が白目になる、体色が黄色になるという親の形質が子どもに引き継がれることを発見しました。
モーガンの後、ショウジョウバエはさまざまな実験に用いられるようになります。
■主な参考資料
ショウジョウバエの睡眠覚醒研究
https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2018/12/79-01-06.pdf
ショウジョウバエは、腐った果物や夏にゴミを捨て忘れたときなどによく飛んでいるハエです。比較的飼うのが簡単で、世代サイクルも早いのでモーガンは使い始めたのですが、いくつかのことに気づきました。例えば、野生型の目は赤だけれども、ときどき白い目のハエが出てきます。体の色はだいたい黒っぽいのですが、黄色っぽいハエも現れました。モーガンは赤目が白目になる、体色が黄色になるという親の形質が子どもに引き継がれることを発見しました。
モーガンの後、ショウジョウバエはさまざまな実験に用いられるようになります。
■主な参考資料
ショウジョウバエの睡眠覚醒研究
https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2018/12/79-01-06.pdf
私たちの眠りの起源はどこに? 〜脳を持たない動物ヒドラの睡眠制御機構を解明〜
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/504/
中枢神経を持たないクラゲの睡眠:「末梢睡眠」についての研究
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20K21421/
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