過剰に出回る「実はどうでもいい」情報と、自分の「持ち時間」とを天秤にかける 山崎元さんに勝手に教わるお金と生業9

  情報過多の現在。私たちは、「もっとお得な情報があるのではないか」「私が知らないだけじゃないのか」といった不安にさいなまれたり、「知らずに損した」と悔しがったりしがちです。

 ただ、情報があればあるほど役立つかというかと、そうでもなさそうです。経済評論家の山崎元さん(2024年没)は、役に立つか、立たないかの条件を4つ挙げています。

情報を役に立たせる条件

(1)能力  情報の真偽を判断する能力
(2)根拠  判断の根拠として必要な別の情報(データなど)
(3)時間  情報を判断するための十分な時間
(4)チャンス  意味のある行動につながるチャンス

 要は、能力も根拠も時間もチャンスもないのであれば、情報を集めても無駄ということ。

 情報が大量に出回るのは仕方がないとして、振り回されていると徒に時間が過ぎて年を取り、寿命を迎える可能性があります。「私の人生は何だったのか」「あんなこと、やらなければよかった」と後悔しながら、最期を迎えてもおかしくはありません。

 私たち、生物には、死が必ずプログラミングされています。
 「○歳まで生きる予定」「○歳まで生きたい」と本人が思っていたとしても、寿命は思いどおりにはなりません。

 山崎さんは、自身のがんを「『サンクコスト(埋没費用)だ』と思うことがすんなり出来た」と述べていました。

 サンクコストについては、ニュースピックスのサイトで、山崎さんは次のように説明していました。
サンク(sunk)はsink(沈む、没する)の過去分詞形です。「埋没費用」と訳されます。

簡単に言うと、すでに生じてしまったコストのことです。すでに生じているので、戻ってくることはありません。

意思決定をする際に大切なのは、サンクコストを判断の対象から外すことです。

すでに生じたコストは戻ってきません。そのため、これから投資するコストと、それによって得られるパフォーマンスのみで、どうすべきかを考えます。

意思決定にあたっては、「これから変えられること」のみに考慮を集中させることが肝心です。


 私たち、生物には、死だけでなく、老化と病気もプログラミングされています。生きている以上、病気も老化も「すでに生じてしまったコスト」というわけです。

 生老病死(しょうろうびょうし)は、仏教では「人生における免れない四つの苦悩(四苦)」と語られています。四苦八苦(しくはっく)は、四苦に、愛別離苦・怨憎会苦 (おんぞうえく) ・求不得苦 (ぐふとくく) ・五陰盛苦 (ごおんじょうく) を加えた、人間の苦しみ。
 紀元前7~5世紀頃に生きていたとされているブッダが、四苦八苦を挙げたとのこと。今は2023年なので、大きく見積もって三千年も昔から、生老病死はサンクコストとして教えられてきたともいえます。

 なぜ生まれてきたのか、なぜ老いるのか、なぜ病むのか、なぜ死ぬのか。
 そのメカニズムを考えることには大きな意義があっても、生物として織り込み済みの生老病死という現象自体に悩んだり苦しんだりしても意味はありません。

 一人の人間としての、私という存在としての、限りある時間。
 限りある未来をどう変えていくのかだけに集中して考え、意思決定することが大切だと、山崎さんの文章を読んで思った次第です。

 情報ばかりを集めても、「何がいい」「何をしたい」の判断ができなくなったり、身動きが取れなくなったり、そもそも今の自分ではかなわないことだったりするケースが多々あります。
 そんなことに余計な労力をかけていられるほど、人生は長くはないのですね。
photo/Jordan Benton

 また、一昔前のお金の稼ぎ方では、出世したり専門家になったりして自分を磨き、「労働時間を確実に高く売る」のが無難でした。
 しかし、これからはリスクがあると山崎さんは語ります。

 むしろ、起業する、起業に加わる、いい会社に出資する、ストックオプションに期待できる会社に入る、などで株式に関わるという、これまではリスクが高いと考えられていた稼ぎ方が、リスク回避につながるのだそうです。

 以下は、山崎氏の文章からの引用です。太字は私によるものです。


株式でリスクを取って稼ぐことは、どうやらリスクを取らないで経済に関わる人から経済価値を集める手段なのだが、上手く行くと価値を広い範囲の人から、将来の期待のも分も含めて効率よく集めることができる。積極的に関わるといい。
 仕事で株式性のチャンスに恵まれない場合は、インデックスファンドの長期投資が効率のいい株式リスクとの付き合い方になる。これは、凡人でもできるけれども、一見偉そうな他の投資よりも優れている。お金にも働いて貰うといい。
 人は案外簡単にコントロールされるものであることを覚えておこう。もちろん、自分が不本意なコントロールを受けないために、である。

 自分で自分の意思決定を自由に行うことができるようになるためには、複数の場を持つことが重要だ。1つの「学界」、「会社」などに没入し過ぎることは問題だ。

 他人の価値観の影響を受けるからといって、他人に合わせたり、他人の言いなりになったりする必要はない。特に経済的には、「他人と同じ」をむしろ意識的に避けるべきだと考えておくくらいでちょうどいい。

 日常の一日一日、一時一時を大切にしよう。幸福感は「その時に感じるもの」だ。

 そして、自分にとって、どのようなことが嬉しくて幸福に感じるのかに気づくといい。できたら、それを言語化しておけ。

自分が嬉しく感じるのはどのような時なのか、言語化してみよ。上手くできると、ずいぶんスッキリする。

 癌患者になって、投資とよく似ていると思ったのは、情報収集と判断に関わるあれこれだ。

 情報は欲しいのだが、情報は判断とセットではじめて有益になり得るものであって、判断できない情報や判断に時間が掛かり過ぎる情報は却って邪魔になる。しかも、癌患者の時間は限られており、判断のタイミングを自分で自由に決められない場合が多い。

 世間には「標準治療ばかりが癌治療ではない」という意見があり、実際に標準治療以外の治療が奏功しているケースもあるのだろうが、判断の方法と時間がない情報については諦めることにした。また、世間に流通している治療の選択肢の中には、「上手く行ったケースが過剰に強調されているもの」や「楽に結果が得られそうで魅力的なもの」などがあり、これらの情報を検討していると迷いが生じる可能性がない訳ではない。この辺りの情報の価値と判断する側の心理の関係は投資の世界によく似ている。「素晴らしい実績のアクティブ・ファンド」や「容易に儲かる投資のノウハウ」のようなものが、つい魅力的に思える場合はあるのが生身の人間としては普通だろう。危ない、危ない。

「判断できる自分の能力と時間」が無い場合は、情報収集自体に意味がないことを知って欲しい。あなた自身が理解できない情報を知っても意味がないのだという宣告は残酷かも知れないが、事実だ。

 何れにせよ、情報は多く得られる方がいいと言い切れるものではない。処理・判断の能力と時間を伴わない情報は無益だし、時には有害なのだ。この事情は、病気でも、投資でも一緒だ。

 因みに筆者がこれまでに書いたり話したりしてきたこととの関連では、今回癌になってみて、公的年金の受け取り時期の問題が少々微妙になった。これまでは、世間の平均余命ベース(つまり生命表ベース)で考えると、公的年金の受給開始を遅らせて年金額を増やす方が(期待値としては得になるくらい長生きするので)得な決定のはずだったが、今回の発癌で筆者の余命の期待値は大幅に縮んでいるはずだから、公的年金はむしろ早く貰い始める方が得になる公算が大きい。但し、当面年金以外の所得がそこそこにあるので、税金を考えると、今から公的年金を受け取り始めるのは、やはり得ではないかも知れない。

「実はどうでもいいこと」を意識しているのは、過剰な自意識と、社会的同調から逸脱することへの恐れ、加えてそれらを巧みに刺激する「マーケティングの魔術」の効果によるものだろう

 意識を変えて拘りを捨てることで、直接的にコストが節約できたり、時間が節約できたりするケースは少なくないはずだ。ヘアスタイルはその一例であり、他に、ファッションや各種の人付き合いのイベントへの参加などがあるだろう。対象は様々であり得るのだが、「実はどうでもいいこと」を見つけ出して捨てることの効果は実に大きい場合がある。

 何でも「お金だけ」で考えるのは良くない習慣だが、ヘアスタイル、ファッション、飲酒、趣味、人付き合い、など様々なものを、潜在的なコストも含めて「お金でも」考えてみると、生活習慣を見直すきっかけになる。「実はどうでもいいこと」を一つ見つけるだけで、生活を大きく改善できる場合がある。

 どうして癌に罹ったのか、どうしてもっと早く見つけることが出来なかったのか、等の「後悔」には殆ど意識が向かなかった。日頃から投資について、原稿を書いたり話したりしているせいか、「病気の現状はサンクコスト(埋没費用)だ」と思うことがすんなり出来た。

 手術や放射線の根治治療を行った食道癌の再発は2年以内が多いのだが、現時点で再発の有無を予想することは出来ないし、再発を起こさないために自分で出来る有効な努力は殆どないので、「心配」をすることに利益はほぼない

 状況の変化に応じて変わる「持ち時間」の予測値(大まかに最悪に近い場合と平均的な予想値の二つを考える)を前提に、人生計画を修正することになる。

 ご自身やご家族が癌に罹った方は、一方的に悲観しないで「持ち時間」を有効に使うことを集中的に考えるといいと思う。

 特に高齢者が心配する「3K」は、「家族、健康、カネ」の3つだという。筆者は今回、健康の重要性を身を以て感じた訳だが、それぞれが大切だ。筆者としては、今後、「持ち時間」を有効に使いながら、読者の「カネ」の増やし方などについて良いお手伝いが出来ると嬉しいと思っている。

 投資に関わると情報が気になる。自分の知らない情報が世の中で流通しているのではないかと思うと不安になる。知らずに損をしているのではないかと思うと悔しい。多くの投資家がこうした心境に陥っているのではないか。
業績見通し情報が、株価に反映しているのか否か判断ができないならば、その人には価値がない

投資家が対処しなければならない「情報」
(1)投資情報  行動(証券の売買など)に直接つながる
(2)ノウハウ  投資の考え方や方法に関連する

 景気の見通しや、金融政策の予想など、マクロレベルの投資情報だけでも大量に流通しているが、これらの大半が、「運用を改善する」という目的には役立たない情報だ。「情報を取り逃がしたことで損をする」可能性は、実はごく小さい。「情報に過剰反応して間違える」可能性は案外小さくない。そう思うと、少し気が楽にならないだろうか。
Powered by Blogger.