6-1 透析療法中止で訴訟に至った例
第6章 透析をやめるという選択肢
6-1 透析療法中止で訴訟に至った例
「認知症で、透析療法を安全に行えなくなった」「治療がつらくて、疲れてしまった」「透析療法を受けても体調が改善しない」などの理由で、透析療法を受けていた患者さんが中⽌した場合、2週間以内に亡くなるといわれています。
透析療法を始めると、腎臓の機能は急激に落ちて尿の量が減っていきます。腎臓の機能がゆっくりと落ちていれば、体もその状態に慣れていくものです。しかし、腎臓の機能がほぼゼロの状態でいきなり透析療法をやめると、だるさ、頭痛、嘔吐などが始まり、体内に水分がたまっておぼれるような呼吸困難や意識障害、錯乱状態などの症状が強く現れます。
そのため、患者さんの意思で透析療法が再開することも珍しくありません。ただ、中止した際にはあまりにも症状が強すぎてパニックになり、患者さんの意思を確認することが難しいというケースが報告されています。
2019年には、血液透析を受けていた患者さんの透析中止を巡る訴訟がありました。その前年に、当時44歳だった女性の患者さんが透析療法の中止で死亡したとして、女性の夫と次男が病院に慰謝料などを求めて訴訟を提起したのです。訴訟については、2021年に和解が成立しています。この訴訟は「公立福生病院透析中止事件」として、マスコミで大きく取り上げられました。
患者さんである女性については、2001年、妊娠中に糖尿病と診断されましたが、治療を受けませんでした。そして2014年に糖尿病の合併症で末期腎不全になり、血液透析を始めます。週3回、主治医のクリニック(透析専門施設)へ通院して、半年に1回、バスキュラーアクセスの管理のため別の病院に通っていました。
しかし、バスキュラーアクセスの不調で血液透析を継続できなくなり、大学病院を紹介されて受診しました。ここで腎移植について言及があったものの、結果として、行われなかったようでした。
加えて、腹膜透析は、腎臓の機能が低下していることから導入が難しいと判断され、長期留置型カテーテルを提案されていました。
それからも、女性は主治医のクリニックで血液透析を受けていたのですが、バスキュラーアクセスが詰まって、病院を緊急受診しました。2018年8月9日のことです。
女性は長期留置型カテーテルを改めて提案されたものの、手術を拒否しました。そこで病院の医師は女性の夫を呼んで、改めて、女性と夫、医師、看護師、ソーシャルワーカーの5人で診察室で話し合いを行いました。
話し合いの場で、女性は透析療法をやめるという発言をしました。彼女にとって、血液透析はつらく、もうやめたいという気持ちがあったのでしょう。夫も女性の発言を受け入れました。医師は、透析療法をやめると2週間ほどで死ぬことを説明しました。
最期の場所として女性が自宅を希望したことから、在宅医療も行っている主治医が看取りを行うことになりました。そして、病院が用意した透析離脱証明書に女性はサインをしました。
それから5日後の8月14日、呼吸が苦しくなったために女性は病院を緊急受診し、入院することになりました。その際にも透析療法を受ける意思はなかったものの、「つらいのは嫌だ」と話していました。
病院では緩和ケア医療を開始しました。
16日に、女性にパニック症状が現れ、呼吸困難になりました。興奮して「こんな苦しいなら透析したほうがいい。撤回する」という発言があったものの、症状が落ち着くと、そうした発言はありませんでした。
なお、女性の息子2名は、入院していることなどが知らされていませんでした。別の用事で息子が病院にやってきた際に、担当医師と看護師が経過を説明しました。
その日の昼に、女性が落ち着いた状態だったため、担当医師から本人に「こんな苦しいなら透析したほうがいい。撤回する」と言っていたことを伝えました。しかし女性は自分の発言を覚えていませんでした。そして「とにかく苦しいのが取れればいい。薬を使ってほしい」と話していました。
そして、夕方に、家族立会いの下で、女性の死亡が確認されました。
事例からわかるのは、透析療法を中止すると、呼吸困難など苦しい症状が現れ、患者さんが興奮してパニック状態に陥るリスクがあるということです。
また、透析療法を中止してから1週間という短い期間で、患者さんの体調が急変しています。患者さん自身も家族も、「こんなはずではなかった」と驚いたに違いありません。
そして、透析療法を中止したという情報が、患者さんの子どもには共有されていなかったために、訴訟へと発展したと推測されます。
こうした事例を知って、透析療法をやめたら苦しみながら死ぬから、続けるしかないと思っている患者さんや家族も多かったはずです。
しかし、2026年度の診療報酬改定で「透析療法をやめる代わりに緩和ケアを受けながら最期を迎える」という選択肢ができました。
『腎不全の緩和ケア』(監修/東京ベイ・浦安市川医療センター 鈴木利彦 南山堂)には「血液透析離脱後、苦痛緩和をはかった事例」が紹介されていました。50代女性(10代で全身性エリテマトーデスによるループス腎炎を発症)のケースです。
血液透析患者のエンドオブライフの特徴とその問題坂 洋祐透析を始めたこの病院で逝きたい。透析を始めた時から自分の最後のことは考えてたんだよ。今がその時なの。最期を迎えるまで家族には毎日会いたいかな。やってこの日が来た…、もう頑張らなくていい…、あぁ嬉しい…、解放されたわ。228ページ
■主な参考資料
透析中止のガイドライン
中央社会保険医療協議会 総会(第624回) 議事次第
透析非導入(見送り)と透析中止(差し控え)への一考察
公立福生病院の透析中止問題から考える「患者の意思確認」
病院側が語った「透析中止」の真相
医師は治療継続の必要性を説明、患者は治療を拒む

Leave a Comment