同じ図形を見ても、まったく違う形に認識している可能性もある『ケーキの切れない非行少年たち』

 2019年7月が初版の『ケーキの切れない非行少年たち』(著/宮口 幸治、新潮社)が累計65万部を突破したと報じられたのは、2年前。

『ケーキの切れない非行少年たち』が3冠達成! 2020年の新書部門年間1位・・・累計65万部
https://www.j-cast.com/trend/2020/12/02400107.html?p=all


 著者は、医学博士で、立命館大学産業社会学部・大学院人間科学研究科教授 です。どうしてここまで売れたのかというと、これは著者自身のコメントですが、帯のイラストが衝撃的だった点。


 私も20ページの絵を見たときには、絶句しました。

 これらが、絵がなくて文字情報だけだと、「ふーん」となんとなく納得したのでしょうが、画像で示されることで「この絵(図1-2)を描いた子どもは、本当に図1-1を、今、私が目にしている図1-1を見たのだろうか?」と信じられない思いが沸き上がったきたのでした。


 同じ形を見ても、AさんとBさんとではまったく別の形だと判断されている。これでは、AさんとBさんの間でコミュニケーションが成立しません。

 社会の多くの人がAさんのような見え方をしているとしたら、Bさんは「変」「おかしい」ということになってしまいます。

 こうしたことが、社会生活の中で積み重なっていけば、Bさんのストレスは多大なものになるでしょう。それだけでなく、Aさんをはじめとした「社会一般の人々」と衝突し、結果として犯罪につながっていく可能性もあります。

 非行少年や犯罪者の更生プログラムには、認知行動療法が取り入れられています。ただ、発達障害や知的障害がある場合、認知行動療法が効果を発揮しない可能性があるとのこと。


 認知行動療法は「認知機能という能力に問題がないこと」を前提に考えられた手法です。認知機能に問題がある場合、効果ははっきりとは証明されていないのです。では認知機能に問題があるというのはどんな子どもたちか。それが発達障害や知的障害のある子どもたちなのです。つまり発達障害や知的障害がある子どもたちには、認知行動療法がベースとなったプログラムは効果が期待できない可能性があるのです。でも実際に現場で困っているのは、そういった子どもたちなのです。6p

 理由は、ベースとなる認知機能が弱いからです。

見る力、聞く力、見えないものを想像する力がとても弱く、そのせいで勉強が苦手というだけでなく、話を聞き間違えたり、周りの状況が読めなくて対人関係で失敗したり、イジメに遭ったりしていたのです。24p

 認知機能の弱さが、早期に発見されれば、機能を強化するためのトレーニングにも早くに取り組むことができます。ところが、現状では学校では気づかれていないようです。「不真面目だ」「やる気がない」「わざとやっている」などと性格の問題にされてしまうことも多いとのこと。

刑務所に入っている人たちの中には、学校で気づかれず、社会で忘れられた人々がいることは事実なのです。

 こういった子どもたちを作らないためには、早期からの発見と支援が必要です。27p

 認知機能の弱さに問題があるにもかかわらず、支援では「褒める」「話を聞いてあげる」という方向に行きがちで、肝心の認知機能へのアプローチがないそうです。

現在の支援スタイルは多くの場合、「いいところを見つけ褒める」「自信をつけさせる」といったものです。子どもの能力に凸凹があると、苦手なことはそれ以上させると自信をなくすので、得意なところを見つけて伸ばしてあげる、いいところを見つけて褒めてあげる、という方向に行きがちです。

 しかし、“苦手なことをそれ以上させない”というのは、とても恐ろしいことです。支援者は、「そこは伸びる可能性が少ない」としっかり確かめているのでしょうか。もし確かめずに「本人が苦痛だから」という理由で苦手なことに向かわせていないとしたら、子どもの可能性を潰していることになります。28p

しかし、それでも週に1回忘れ物をするという状況が何も変わらないとしたら、褒めることよりも、忘れ物をしないような注意・集中力をつけさせないと問題は根本的に解決しないのです。こうした問題が発生している場合の「褒める教育」は、問題の先送りにしかなりません。29p

 「褒める」などでお茶を濁すような教育を受けた結果、「反省する」ということが何を意味しているのかもわからないような非行少年が生まれています。

彼らに、非行の反省や被害者の気持ちを考えさせるような従来の矯正教育を行っても、殆ど右から左へと抜けていくのも容易に想像できます。犯罪への反省以前の問題なのです。35p

 47~48ページでは、「非行少年に共通する特徴5点セット+1」として、以下の内容が紹介されていました。

①認知機能の弱さ……見たり聞いたり想像する力が弱い

 五感を通して得た情報を整理し、計画を立てて実行することに関係するのが認知機能。しかし、五感から得た情報が間違っていたり、情報を間違って整理したり、情報の一部しか受け取ったりしないような状況になり、それらが不適切な行動につながっている。

②感情統制の弱さ……感情をコントロ-ルするのが苦手。すぐにキレる

 悲しみやつらさも不快感も、すべて怒りという感情としてしか表現されない。

③融通の利かなさ……何でも思い付きでやってしまう。予想外のことに弱い

 よく考えずにすぐに行動に移し、見たものにすぐに飛びつくため、だまされやすい。同じ間違いを繰り返す。思い込みが強く、一部にしか注意が向けられないため、変に被害感が強い。「ひょっとして」「ちょっと待てよ」という考えが浮かばない。

④不適切な自己評価……自分の問題点がわからない。自信があり過ぎる、なさ過ぎる

 自分のことは棚に上げて、他人の欠点ばかり指摘する。変にプライドが高く、自信を持っているか、逆に、極端に自信がない。

⑤対人スキルの乏しさ……人とのコミュニケーションが苦手

+身体的不器用さ……力加減ができない、身体の使い方が不器用

 物をよく壊し、左右がわからず、じっとしていられない。


 上記のような「非行少年に共通する特徴5点セット+1」に「褒める」という支援を行っても効果は出ていません。
 一時しのぎにはなっても、将来、子どもたちが社会に出たときに褒められる機会というのはそうそうになく、「褒めてくれないなんて!」「褒められないから、やらない」などと不満やモチベーションの低下につながるようです。


 そこで出てくる支援案で定番なのが、「子どものいい所を見つけてあげて褒める」です。

そんなことはどこの誰でも、とっくの昔にやっているからです。何度も試しているのに、効果が出ない。だから先生も困っているのです。

 そんなことで、本当に問題は解決するのでしょうか。おそらく、最初は子どもも褒められたら嬉しいでしょうし、うまくいくかも知れません。しかし、長くは続きません。根本的な問題が解決しない限り、すぐに元に戻ってしまうことが多いのです。

“褒める“と同じくよく出てくるのが、“話を聞いてあげる“です。これも子どもの気持ちを受け止め落ち着かせるには効果がありますが、根本的な解決策にはなりえないので、効果はいずれ薄くなってきます。

“褒める““話を聞いてあげる“は、その場を繕うのにはいいのですが、長い目でみた場合、根本的解決策ではないので逆に子どもの問題を先送りにしているだけになってしまいます。

 例えば、勉強ができないことで自信をなくしイライラしている子どもに対して、「走るのは速いよ」と褒めたり、「勉強できなくてイライラしていたんだね」と話を聞いてあげたりしても、勉強をできない事実は変わらないのです。124p

 加えて、著者は「この子は自尊感情が低い」という紋切り型フレーズに、違和感を覚えているとのこと。

第一に、色んな問題行動を起こしている子どもは、それまでに親や先生から叱られ続けていますので、自尊感情が高いはずがないからです。「自尊感情が低い」とのは当たり前ですし、そう書いておけば外れることはないはまずないでしょう。

 第二に、そもそも「自尊感情が低い」ことは問題なのか、ということです。

 我々大人はどうでしょう。自尊感情は高いでしょうか? 〈中略〉

 だからと言って、ほとんどの人が社会で犯罪を行っている、不適応を起こしているわけでもありません。つまり、自尊感情が低くても社会人として何とか生活できているのです。逆に、自尊感情が高すぎると自己愛が強く、自己中のように見えてしまうかもしれません。大人でもなかなか高く保てない自尊感情を、子どもにだけ「低いから問題だ」と言っている支援者は、矛盾しているのです。

 問題なのは自尊感情が低いことではなく、自尊感情が実情と乖離していることにあります。125-126p

 強く共感しているのは、「自尊感情(自己肯定感)が高すぎると自己愛が強くなる」という点。あくまでも個人的な印象ですが、仕事ができる女性たちは、自尊感情が低い傾向がありました。それをばねに「もっとがんばらなければ」と努力をするからこそ、仕事ができるのかもしれません。高すぎる自尊感情も、周囲の迷惑だし、考えものだと思うわけです。

 話はがらりと変わりますが、来週は「見る力」について取材を行う予定で、ここでも脳について言及があります。
 見る力とは近視・遠視といった、角膜、水晶体、網膜などの目という器官で入力される情報だけの問題ではなさそうです。目で捉えた情報が脳(大脳皮質の後頭葉にあり、視覚に直接関係する視覚野)でどのように処理されるのか、形としてどのように把握されるのかも大きく関係するのだと、この『ケーキの切れない非行少年たち』で実感した次第です。

 視力検査では「見える」と判断されても、その人に、本当に見る力があるのかどうかは、また別の問題なのかもしれません。



 

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