人生100年時代の介護を考える  『人生を狂わせずに親の「老い」とつき合う』

  和田秀樹医師の本が、現在、大ヒットしています。書店にも多数著書が並んでいます。
 和田医師については、昔から本を出している人なので、「どうして今になってヒット連発なのだろうか?」と不思議に思いました。もしかしたら「ちょっと時代を先取り」「時代が和田医師についてきた」という感じなのかもしれません。

 『人生を狂わせずに親の「老い」とつき合う』(講談社+α文庫)は2012年刊行で今から10年以上も前に出た本ということになります。しかし、今読むと、「そうだよね」という点が多々ありました。



現実には、医療崩壊による被害はマスコミが騒ぐほど大きくはない。
はるかに激しい「崩壊」状態となっているのは、むしろ介護である。
 以前、「在宅介護は日本の美風」と断言した日本の政治家がいる。これにうなずく人も多いと思うが、実質的には在宅介護などという伝統は日本にはない……と言ったら、驚かれるだろうか。

 ちなみに、「在宅介護は日本の美風」と断言した日本の政治家は、亀井静香のようです。

 和田医師は、「在宅介護は日本の美風」ではない根拠として、以下の2点を挙げていました。
○戦前までの日本は、平均寿命は50歳に満たなかった
○この時代に、高齢でも健康を維持できるのは、裕福な人で、お手伝いさんがいた

 本書では、「介護崩壊」について、以下のように説明しています。老親の介護で家族は心身がボロボロになり、また、介護離職することで労働人口が減少し社会にも悪影響を及ぼします。
 介護する側が元気なうちはいいが、介護疲れから病気になったり、精神的に不安定になったりすることがよくある。
介護殺人の加害者の7割以上は男性で、夫が妻を殺してしまうケースがもっとも多い
子ども世代が介護を担う場合には、うつになりやすい中高年の女性が狙い撃ちにされてしまう。
 国も、少子高齢化社会に対応する形で、2000年に介護保険制度をスタートさせました。
 2000年4月からスタートした介護保険制度は、家族だけでは支えることができなくなった高齢者介護を社会的に支えていこうとする制度である。
国民からは、「もう個人での在宅看護は限界だ。公の施設で看てもらいたい」という声が上がりにくい。なぜならこの国では、「子どもが老親の世話をするのは当然だ。それこそが日本の美風だ」という根拠のない説が、なかば伝説化してまかり通っているからである。


 介護が必要になる要素は、老親の認知症です。この認知症ですが、イメージばかりが先行して、実際にはどんな症状なのかが理解されていないようです。

 せん妄は、一種の意識障害である。意識レベルが著しく変化した際に不安感が強まったり、日にちや時間の認識があやふやになったり、自分のいる場所がわからなくなったり、夜中に興奮して大声を出して騒いだり、「壁に虫がたくさん這っている」といった幻覚をともなったりする。

 せん妄の原因はさまざまで、なにかの病気がきっかけになって生じることもあれば、食事や水分の摂取が不十分なときや、服用している薬に影響によって起こることもある。また、入院や引っ越しなどの環境の変化が心理的なストレスとなって起こることもある。
 ここで重要なことは2つある。
 ひとつは、せん妄が生じたからと言って、その人が必ずしも認知症というわけではないこと。ただし、認知症の患者さんもせん妄になるし、むしろ正常な高齢者よりせん妄になりやすい。こういう場合は、家族も医者も「急にボケがひどくなった」と思ってしまう点には注意が必要だ。
 もうひとつは、多くの場合、せん妄は抗精神病薬の使用など医療的な対応でよくなるということだ。

 せん妄の原因となる薬は、いろいろと報告されています。
 高齢になると、高血圧や糖尿病などの生活習慣病のほかに、腰や膝の痛み、不眠症、頻尿や尿漏れなどの排尿障害、手足が震えたり動作が遅くなったりするパーキンソン病などの持病が珍しくありません。それで病院にかかると、複数の薬が処方されます。

 実は、これらの高齢者にありふれた病気の薬の副作用で、意識がもうろうとする、つまり寝ぼけたような症状が現れやすいのです。また、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬には、判断力や記憶力が低下する恐れがあり、降圧薬が効きすぎると、立ちくらみやふらつきを起こして意識レベルが下がってしまうこともあります。

薬剤性せん妄の原因となる医薬品には、一般的な睡眠薬・抗不 安薬(GABAA 受容体作動薬<ベンゾジアゼピン系薬、非ベンゾジア ゼピン系睡眠薬>)、麻薬性鎮痛薬(オピオイド)、副腎皮質ステ ロイド、抗ヒスタミン薬(抗アレルギー薬)、抗パーキンソン病薬 などがあげられます。

 認知症に対しての誤解として、「認知症=問題行動」が挙げられていました。

認知症と診断されたからといって、全員が全員、問題行動を起こすわけではない。むしろ、問題行動を起こさない人のほうが圧倒的に多いのだ。
 認知症は治らないものの、いくつかの症状は薬で治療できるようです。
認知症の症状のうち、記憶力や知能が落ちるといったものは治せない。しかし、「盗られ妄想」や、昼夜逆転、また大声で騒ぐといった周辺症状は、実際には薬でよくなることが多いのだ。
 また、うつの場合も、症状に合った薬を出すことで元気になるのは珍しいことではない。
 薬については、以下のものがあるとのこと。
物盗られ妄想は、認知症のせいで物をどこに置いたか忘れてしまった自分のプライドを守る本能的な防衛だと考えてください。(中略)非定型抗精神病薬であるリスペリドン クエチアピン ペロスピロン ブロナンセリン アリピプラゾール オランザピン等を必要最少用量、服用していただければ、症状が軽減する可能性は高いです

ロゼレムは体内時計のリズムを整えている生理的な物質に働くことで、睡眠を促進する薬剤です。そのため、昼夜逆転、早朝覚醒、熟眠障害などで悩んでいる患者さんに有効です。


 薬で対応するには、医師に薬の知識も必要です。

 それだけに、医者の力量と意識が重要だ。
「治る症状か、治らなくてもコントロールできる症状か、そのどちらもできない症状なのか」
 一見、認知症のように見えても、別の原因が潜んでいる可能性があります。脳の画像撮影を行って、鑑別する必要があります。
認知症でボケてしまったように見えても、じつはせん妄だったとか、うつ、硬膜下血腫、正常圧水頭症、低血糖のせいだった、ということはよくある。
 マスコミのせいで、誤った認知症のイメージが独り歩きしていると、和田医師は指摘しています。
 ひとことでいえば、ニュース的な知識はあまり役に立たない。それよりも、認知症の周辺症状だとか、せん妄、うつのように薬によって治る可能性が高い病気について、「こういう治療法なら治るかもしれない」という基本的な知識のほうがよほど役に立つ。

 認知症の周辺症状に対しては、薬を試したほうがいいのではないかと本書では提案されています。

お年寄りに対して安易に薬を出すのがいいことだとは思わない。
 しかし、そうはいっても、副作用が出る確率は、わずか5%から、多くても10%程度だ。患者さん自身や介護する家族にとってつらい症状が改善できる可能性がある薬ならば、試してみる価値はある。
 過度に副作用を恐れていると、親の症状に振り回され、疲れ果ててしまう。いちばんつらい思いをするのは、介護するあなただ。
 ただし、不要な薬についてはなるべく使わないようにすることが肝心だ。
 そのときどきの患者さんの症状によって、服用する薬の優先順位は変わってくる。
「必要な順に5つまでにしておこう」
 介護保険制度をしっかりと利用することも、和田医師は勧めています。
 私がおすすめしたいのは、65歳の誕生日を機に、役所化地域包括センターに出向いてみることだ。介護という問題を子ども任せにするのではなく、まず親が動くのである。
 自分が要介護になったとき、わが子が介護離職して悲惨な人生を歩まずにすむように、綾のほうでも介護保険について少しは勉強する必要がある。
「9割引きで介護のヘルプを受ける」という権利を行使できるのだ。そのためのお金を毎月毎月支払っているのだから、絶対に遠慮してはいけない。


 認知症になってからの対応では、遅いわけですね。介護保険については、行政の細かい文書が読めるうちに、理解しておく必要もありそうです。

高齢者を専門にする医師がすでに直面している、知られざる「介護崩壊」の実態──。
現在の54歳以下は出生率2.0世代、つまり、きょうだい2人で両親を看取らなければならなくなった世代です。この不況下において、老親の介護が必要になったらどうなるか、その結果として、すでに介護離職は年間15万人を超えるまでになっているという驚愕の実態があります。
これから20年にわたって高齢化がどんどん進み、85歳以上人口が激増します。その時、在宅介護など論外、家族ではもう支えられないことは明らかです。
問題は介護の話に止まりません。生産年齢人口が急速に減少する中、女性も、男性も、親の介護のために離職せざるを得なくなる。それはつまり、経済活動の担い手がさらに減り、この国全体が沈んでいってしまうことにつながります。
対策としてはひとつしかありません。国策として施設介護を充実させ、「職業としての介護」を充実させていくこと。本格的な介護地獄が始まる前に、国民一人ひとりが声をあげ、高齢社会を皆で共に生き抜くことができる社会インフラ作りが必須です。
漠然と感じていながらまだ多くの人が理解できていない現実を、高齢者を専門とする医師が白日の下に晒し、社会レベル・個人レベルの対策を指し示す、救世の一冊です。


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