はじめに

はじめに

※このウェブページに掲載している文章は、電子書籍『透析をする選択、しない選択、やめる選択 』(祥知出版)にする前の第3稿です。校正などが甘く、表記の統一は徹底されていません。ただ、電子書籍がテキスト中心のため、理解の補助として第3稿もウェブ上に残すことにしました(2025年12月10日)。



 人生100年時代といわれ、どうすれば老後を健康に過ごせるのかについて指南する情報が、世の中にはあふれ返っています。
 しかし現実は、健康体のままでピンピンと自立した生活を送り、コロリと亡くなる例は少ないものです。高齢になればなるほど、皮膚にシミやシワができ、目は見えにくくなり、白髪が増え、髪は抜けて、手や足がうまく動かせなくなって心も体も衰え、一生を終えます。自分や家族のそんな姿から目をそむけたくなりますが、老化も死も自然な現象です。

 私たちは、生きている以上、日々老いて、病気にかかりやすくなり、やがて死にます。高齢化が進んで多死社会になった日本では、「どうやって死ぬのか」にも少しずつ目が向けられるようになってきました。

 10年ほど前、がんになっても放置しておけば、木が枯れるように、静かに痛みもなく死に至るという言説が出回りました。
 ただ、現場では、そうではないケースが数多く発生しています。がんの刺激による痛みや腹水(腹部にたまった体液)による苦しさなどは、ほったらかしにするとひどくなっていきます。抗がん剤などによる積極的な治療を行うかどうかは別として、「何もしない」という単なる放置は苦痛を生み出すのです。ですから、薬やケアで症状を緩和するように働きかけるほうが、患者さんも家族も穏やかな時間を過ごせる可能性が高いといえます。
 
 患者さんの身体的・精神的・社会的な苦痛を和らげ、本人と家族がその人らしい生活を送ることを目指すのが、緩和ケアです。

 日本では、がんではない病気の緩和ケアについては、まだまだ制度その他の課題があるといいます。2026年6月の診療報酬改定までは、緩和ケアの保険診療上の適応は、がん・エイズ・末期⼼不全に限られていました。
 一方、アメリカでは末期腎不全などがん以外の病気でも緩和ケアが進んできました。
 
 末期腎不全は、腎臓の機能が15%未満に低下した段階を指していて、機能を代行する透析療法や腎移植の導入の検討が必要になります。
 ⽇本透析医学会の統計調査では、2023年の時点で、日本では362人に1人の割合で透析療法を受けていると報告されています。そして透析療法を導入した患者さんの平均年齢は、約72歳でした。かつて透析療法は、働き盛りの患者さんの社会復帰を支援する治療法でした。それが今では高齢者が増えて、生存期間を延ばすだけの延命治療ではないかと捉えるケースも増えているといいます。

 末期腎不全の患者さんの中には、年齢的なこともあり「透析をしたくない」と拒む人は珍しくありません。「友人は透析を始めたばかりに、病院ですぐに死んじゃった。同じ死ぬなら、通院や入院をせずに、家で好きなことをして過ごしたい」などの声もあると聞きました。
 さらに、徐々に機能が落ちていく慢性腎臓病の場合、腎臓の機能が残りわずかになるまで、自覚症状がほとんどありません。そのため、「検査では腎臓の機能が落ちているという結果が出たけど、特に困っていないから、治療を受けなくてもいいや」と思ってしまう人もいます。そして、透析療法を見合わせるケースも報告されていました。

 透析療法については、「とにかく嫌だ」と強く拒否反応を示す人がいます。延命治療というイメージが強いのでしょうか、「一度始めたら、死ぬまでやめられない」などと思われがちです。しかし、期間限定で試験的に行われることは珍しくありません。そして、治療ではなく緩和ケアとして行われた例もあります。

 透析療法の技術は進歩しています。日本で透析療法が始まった1970年頃は、血液を浄化する効率が悪く、治療自体が苦痛な上、症状があまり改善しないことから、透析療法を受けている患者さんが自殺する例も多かったといいます。しかし、新しい技術が導入されて、日本の透析療法は最高のレベルに達していると語る医師は珍しくありません。
 また、透析療法を回避したいからと、腎臓の機能がそれほど落ちていないのに、自己流で“慢性腎臓病の予防”を行うケースも耳にしています。タンパク質の摂取や運動を厳しく制限するのは、過去の話です。筋力が低下するサルコペニア、さらに体だけでなく心まで衰えてしまうフレイル、ひいては寝たきりの原因となるからです。
 思い込みや古い情報だけで透析療法を拒否するのは、患者さんにとっても家族にとっても不利益につながるのではないでしょうか。

 腎臓については、全身の老廃物を排出するだけでなく、体液のバランスを調整したり、心臓や脳などほかの器官と連携して働いたりするなど、幅広い役割を担っています。そのため、腎臓の機能が低下すると、心臓や脳など多くの器官の機能も低下します。
 腎臓の機能が30%未満に低下する腎不全から、15%未満になる末期腎不全に移行すると、呼吸困難や倦怠感、むくみといった症状が一気に、強く現れやすくなります。加えて、心臓や脳の機能も落ちています。こうしたリスクも幅広く検討した上で、透析療法を導入するかどうかの判断をする必要があるといえそうです。

 総人口に占める65歳以上人口の割合は、2024年10月1日現在で29.3%と報告されています。およそ3人の1人が高齢者ということです。加えて、65歳以上の一人暮らしが年々増えていて、2020年には男性の15.0%、女性の22.1%と報告されています。
 高齢化が進むと同時に、医療費の高騰や病院の経営難、医師不足が社会問題になっています。現在受けられている医療が、そのまま5年後も10年後も受けられるとは限りません。窓口負担が増える可能性もあるでしょう。

 一人暮らしの高齢者や老夫婦だけの家庭が増えているという現状も踏まえて、本書では、腎臓が衰えると体には何が起こるのかを説明した上で、透析療法をするか、しないか、さらにはやめるかを検討するための材料、そして自分の力で体を立て直すセルフケアを、患者さんや家族に示すことができればと思います。


■主な参考資料
『透析を止めた日』 著/堀川惠子 講談社

和美さんは滔々と続ける。
「私も大きな病院でそういう現場に何度か立ち会ってきたけど、医者って忙しすぎるんだよね。ごくわずかな例外を除いて、患者を看取るような働き方になっていない。だから彼らが看取りまでするなんて最初から無理、できないと私は思ってる。緩和ケアって、そんな簡単な仕事じゃないよ。(中略)
 死にゆく人の魂の言葉を受け止める。愛する人を見送る悲しみに寄り添う。それを緩和ケアと呼ぶのなら、そういうことをするにはきっと別の人がいるんだよ」

 



『続透析とともに生きる』(著/春木繁一 メディカ出版)※2013年発行

 終末期の問題は大きい。臨死の透析患者をどう処遇するか。答えが出てこない。もう一〇年議論が続いている。日本透析医学会でもここ数年討議されている。しかし、会員全員を巻き込む規模にはなっていない。
 「死」にどう向き合うかは、基本は個人的な問題である。しかし、機械に支えられて生きてきた透析患者にとっては、個人的とは言い切れない性質も含む。誰かの助けを借りねば、死ねない状況に置かれている。生きるのにも助けがいるが、死ぬのにも助けがいる。

心身の苦痛を和らげる「緩和ケア」 がん以外の病気にも広がる動き…高齢化が背景

第1章 高齢化の状況(第1節 3)

トレンド◎全国調査で透析の見合わせ・終了の実態が初めて明らかに
全国での透析見合わせ・終了は2年で1409例

Ⅱ.2023 年日本透析医学会統計調査報告書 調査結果と考察

アメリカでなぜACPが普及しているのか

米国の緩和医療と終末期選択

末期腎不全患者の終末期症状の実践的緩和ケア

苦痛症状緩和目的で透析を導入した終末期がん患者の思い

人工腎臓の最近の進歩


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