4-1 透析を始めると何が起こる?
第4章 透析をするという選択
4-1 透析を始めると何が起こる?
慢性腎臓病がステージG4(eGFRが30mL/min/1.73m2未満)になると、多くの場合、透析療法(人工透析)・腎移植といった腎代替療法の情報を、医療機関は提供します。また、ステージだけでなく、症状なども腎代替療法を導入する検討材料となります。
腎代替療法では、その名のとおり、機能がゼロに近づいてきた腎臓と同じような役割を果たす医療機器を使ったり、他人の腎臓と置き換えたりします。
透析療法は、前者の医療機器を使う治療で、腎臓の代わりに血液から老廃物や余分な水分を取り除く方法です。
第1章では、人間の体を島国である「水の王国」にたとえ、腎臓は水をコントロールするほか衛生を管理する重要なインフラに相当すると説明しました。
慢性腎臓病がステージG4の場合、水の王国では下水が吹き出したり、町中に生ゴミが散乱したりして、国中がドブのように臭くなったりして、国民がバタバタと倒れている状態です。自国のインフラが壊れかけているため、海上に代わりの施設を作って、水をコントロールしたり、リサイクルしたり、ゴミを処理したりして対応するのが、透析療法です。
透析療法がなかった時代には、腎臓の機能が低下した患者さんたちは呼吸困難やむくみなどに苦しみながら亡くなっていました。現在の日本は、透析療法が安心して受けられる、ある意味では恵まれた状況です。
しかし、医師から透析治療の説明を受けると、ほとんどの患者さんは「それは困る」「もうちょっと待てないか」「絶対に嫌だ」と拒否したり、「人生、終わった……」などとショックを受けたりしがちです。
医大生の頃に扁桃炎から急性腎臓病になり、慢性腎臓病、末期腎不全と進行して透析療法を受けていた春木繁一医師は、透析導入が必要となった患者さんの心理的プロセスを以下のように示していました。
また、神奈川歯科大学大学院統合医療教育センター長の川嶋朗医師は、患者さんが治療を受け入れるまでのプロセスが、アメリカの精神科医であるエリザベス・キューブラー・ロスが提唱した「死の受容の5段階」と似ていると感じたのだそうです。
「死の受容の5段階」のモデルを、透析療法を置き換えると、次のとおりです。
第1段階:否認と孤立
自分が透析療法を行わなければならない状況にあることを否定し、周囲の意見を聞かなかったり、孤立したりします。
第2段階:怒り
「どうして自分が透析療法を」という気持ちから、その事実に怒りが湧き上がります。
第3段階:取引
透析療法を避けようと、何かにすがるなどします。
第4段階:抑うつ
透析療法が避けられないことを悟り、絶望感に襲われ、何も手につかなくなります。
第5段階:受容
透析療法を運命として受け入れ、心に安らぎが訪れます。
これらのモデルから客観的に心理状態を捉えつつ、最初に検討しておきたいのは次のことです。
○導入して、食事や運動、睡眠などはどのように変化するのか
○仕事や家事などにどれだけ支障があるのか
○どれくらいの時間が割かれるのか
○副作用はどの程度あるのか
透析療法を行うと、尿毒症・溢水の症状が改善するほか、活動制限がなくなり、タンパク質の制限が緩和されます。
また、肺に水がたまったり、心臓が肥大化していたりする段階では、透析療法を受けることで症状が軽減し、体力が回復する可能性があります。
腎臓の主な機能として、第1章で「血液中の老廃物を尿として排出する」「体液の量と濃度を調節する」「血圧を調整する」「血液を弱アルカリ性に保つ」「赤血球の数をコントロールする」「ビタミンDを活性化させる」を挙げましたが、透析療法ですべてを補うことはできません。不足している機能については活性型ビタミンD製剤や降圧薬などを使う薬物療法で対応します。
透析療法の技術については、年々、進歩しています。加えて、患者さんの高齢化を受けて、医療従事者も患者さんや家族にとって負担の少ない療法を提案するようになってきました。
透析治療中でも、職場の理解を得ることで仕事は続けられるし、スケジュールを調整して旅行などもできます。どれくらいの時間が割かれるのかのは、腹膜透析と血液透析とで異なるので、次のパートで詳しく説明します。
透析療法は導入時期の見極めが重要です。腎臓の機能がある程度残っている段階で透析療法を始めても、寿命を延ばすことにはつながらないという研究結果が報告されています。「早ければ早いほどよい」というわけではありません。
逆に遅すぎると、治療を受けても体力が回復せず、治療の継続が難しくなることもあります。
透析療法に多い誤解として、「1回始めたら、もうやめられない」というものがあります。しかし実際には、期間を限定した“お試し”透析も行われています。
また、緩和ケアとして、患者さんの苦痛を取り除くために短時間の血液透析を必要に応じて行うこともあります。
そして、「腹膜透析を週5回、血液透析を週1回を行う」というように、併用して通院回数を減らすこともできます。これはハイブリット(血液・腹膜併用療法)と呼ばれています。
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| 緩和透析 ――尿毒症患者の人生の最終段階における選択肢として――より |
終末期には、血液透析よりも制約が少ない腹膜透析を自宅で行う「PDラスト」(第6章)という選択肢があります。
患者さんの体力の衰えなどで自己管理ができなくなってきたら、家族や訪問看護師の介助を受けて透析液バッグの交換を⾏います。
このように「透析療法」といっても、さまざまな選択肢があるのです。
また、透析療法ができないケースや見合わせるケースもあります。
透析困難症といって、血液透析を行っているときに、急激な血圧の低下や動悸、胸痛、意識消失などが現れると、治療ができません。
また、透析療法の見合わせを検討するケースとして、患者さん自身や家族の「見合わせたい」という意志が明確な場合、脳機能障害で透析療法に必要な情報を理解できない状況、末期のがん(悪性腫瘍)などで死期が迫っていること、さらに、透析中に暴れてしまうリスクがあり安静が保てない認知症が挙げられます。
透析療法を見合わせるケースについては、次章で取り上げます。


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