「薬は必要なときに、必要な分だけ」 これが私たちの賢い選択

 「チュージング・ワイズリー(賢い選択)」というキャンペーンについて、耳にしたことはありませんか。これは2012年に米国内科専門医認定機構財団(ABIM Foundation)が「不要かもしれない過剰な検診や、無駄であるばかりか有害な医療を啓発していこう」と呼びかけたものです。日本でも 2016年に「チュージング・ワイズリー・ジャパン」が発足しています。

 このようなキャンペーンの中心は、医療に携わる医師たち。
 医療を受ける側の私たちには「たくさん検査してもらうと安心」「薬は処方されて当たり前」という意識が根強いのではないでしょうか。小児科専門医の鳥海佳代子医師は受診した子どもの母親に「今の状態なら抗生剤なしで様子を見たほうがいいんですよ」と理由を含めて説明しても、納得してもらうまで時間がかかることも多いと話していました。賢い選択をするためには、患者側も当たり前と思っていた医療や制度を見直す必要があるかもしれません。


日本のシステムが
“お薬好き”の国民を生み出した

 日本の場合は、患者が医療機関を受診したときに受けた診療行為の点数を足していき、合計点数に応じて報酬が医療機関に支払われるという「出来高払い制」。医療機関は検査をすればするほど、薬を処方すれば処方するほどもうかるという仕組みになっていて、過剰医療を生み出していると言われています。

 また、患者が負担する診療報酬は3割か1割(後期高齢者が1割)。アメリカと比べても負担が少ないのです。
 ある理学療法士によると、アメリカでは自宅で熱心にリハビリに取り組む人が多いのに、日本人は自分でリハビリを行わず、痛みもこりも医療機関で治療を受けて治してもらうという受け身の姿勢なのだそうです。自己負担が少ない分、自分で治そうという真剣さが足りないと嘆いていました。

 「そうですね、日本人はとても恵まれていて、医療行為を受けることが当然になっているんですね。国民皆保険制度はすばらしいシステムですが、このために、いつの間にか日本人は“お薬好き”になってしまった一面もあると思います」と鳥海医師。

薬は必要なときに
必要な分だけ飲むという選択

 すべての国民が、なんらかの公的な医療保険に加入するという国民皆保険制度。この制度のおかげで患者の負担する金額が少なくなり、気軽に検査を受け、薬を処方してもらえるようになったと考えられます。
 さらに子どもの場合は自治体が医療費を助成しています。薬代が無料になる場合では「タダだったら、もらえる薬はもらっておこう」という意識も生まれるのではないでしょうか。

 「医者が薬を出し過ぎたのが先か? 患者が薬を求め過ぎたのが先か? “卵が先か? ニワトリが先か?”のようにわかりませんが、受診して薬を処方されるのが当たり前という風潮が出来上がってしまったのではないでしょうか?」と鳥海医師。

 「もちろん、薬が必要な場合はあります。しかし、薬に作用があれば、必ず副作用もあるのです。薬によってアレルギー反応を起こしたり、肝機能障害を起こしたり、腸内細菌のバランスを崩したりする可能性があります。また、薬剤耐性菌の出現という問題もあるわけです。“とりあえず”“心配だから”と、安易に薬の処方を求めたり、市販の薬を服用したりするのではなく、自分の体としっかり向き合って、自分の健康を自分で守っていこうとする姿勢が大切なのです」

 薬がコンビニでも買える時代になりましたが、“セルフメディケーション”の本来の意味は、体と向き合って、自分の健康は自分で守ること。自己診断で市販薬を飲むことではありません。
 薬は必要なときに、必要な分だけ。これが私たちの賢い選択といえるでしょう。



鳥海佳代子(とりうみ・かよこ)
とりうみ小児科院長。島根大学医学部卒業。島根大学医学部附属病院小児科や東京女子医科大学病院母子総合医療センターなどでの研修を経て、2000年に日本小児科学会認定小児科専門医の資格を取得。その後、複数の市中病院の小児科に勤務し、小児科専門医としての経験をさらに深める。10年、同じく小児科専門医の夫とともに、とりうみこどもクリニックを開業。「子育て応援の気持ちで」をモットーに日々、診療にあたっている。著書に『小児科医は自分の子どもに薬を飲ませない』(マキノ出版)、『小児科医が教える 子どもが病気のときどうすればいいかがわかる本』(中経出版)がある。



※この記事は、2017 年5月11日に鳥海医師をインタビューした内容をもとに作成しています。最新情報は鳥海医師に直接お尋ねください。
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