「パーソナリティ障害」が傾聴で悪化することも!「いい方向へ変えよう」と働きかけるのはNG

 発明王のトーマス・エジソンやマイクロソフトの創設者であるビル・ゲイツなどは発達障害のプラスの面が働いて独創性を発揮し、活躍に結びついたのだと、『アスペルガー症候群』(著/岡田尊司、幻冬舎)には書かれています。彼らを尊重しながら根気強くバックアップしたのは、彼らの親でした。

 

 一方、大人になってから社会的に適応できないようにマイナスに働くのは、「誤学習」が入り込むことだと『発達障害のいま』(著/杉山登志郎、講談社)で指摘されています。

 例えば、ボランティアでパソコン教室を開くことになったとしましょう」。パソコンの知識はそこそこで、教室経営の経験もなければ、多くの人はリーダーに立候補しません。
 しかし、人付き合いのノウハウ本に「周囲に評価されるには、リーダーになることです」と書かれているのを発達障害(『発達障害のいま』では「発達凸凹」と表現)の人が信じ込むと、自分には無理な仕事でも手を挙げてしまうのです。知識も経験もないのにうまくいくわけもなく、トラブルに発展。
 
 最悪の形態の一つがクレーマーになることだと、杉山医師は述べています。
 常識的には無理なことでも一方的にまくしたてられたら、言われた側はつい要求をのんでしまいます。これが、「一方的な要求こそが相手に通じる手段である」という誤学習の機会を与えるのだそうです。

 誤学習は、発達障害だけでなく誰にでも起こるものではないでしょうか。そして関心や注目を異常なほど集めようとしたり、攻撃的でさげすむような態度を取ったりするなど、「パーソナリティ障害」の特徴である非常に偏った言動を取るようになるのです。

 発達障害かどうかはひとまず置いておいて、パーソナリティ障害の可能性がある人への対応でキーワードになるのは、誤学習の修正です。 

「なんとかして変えよう」と
働きかけないほうがよい

発達障害の傾向があるからといって、パーソナリティ障害が引き起こされるとは限りません。家庭、学校、その他人間同士の関わり合いで、誰でもパーソナリティ障害になる可能性はある。パーソナリティ障害を招き、悪化させる原因の一つが、誤学習と考えられます。

 解決の糸口は、誤学習に本人が気づくこと。目の前の問題を直視して、自分で「回復しよう」という気持ちを持つことが大切。

 パーソナリティ障害の人に対して、「なんとかして相手をいい方向へ変えることができないだろうか」と周囲の人間が考えるケースが多々あります。行動は逸脱しているものの、精神状態はしっかりしていて、言葉は通じるので(ただし、文章・会話の内容が通じ合うわけではない)、周囲の人間は「なんとかできるのではないか」とつい思ってしまうのです。

 そして、常識から外れた行動をやめさせて、周囲との摩擦を生まない行動・思考をするように期待したり、強制しようとしたりします。
 このような「相手を変えよう」という思いを抱けば、状況を悪化させます。相手を変えようすることは、つまり相手を否定して、自分が正しいと思っている価値観を押しつけるからです。
 よかれと思って相手を変えようとすればするほど、反発によってさまざまな争いが発生し、結果的に精神的な消耗を互いに味わうことになります。

できること・できないことを
明確に示す

それでは、冒頭で紹介したトーマス・エジソンやビル・ゲイツの親のように、パーソナリティ障害の人を献身的に支えられるかというと、友人や仕事仲間ではなかなか難しいのではないでしょうか。

 最低限できることとしたら、これ以上、誤学習の機会を与えないことです。例えば、常識的には無理なことを一方的にまくしたてる相手には、自分ができることとできないことをはっきりと示す。また、攻撃的でさげすむような言動には反応しない。

 イメージするのは、人気医療ドラマシリーズの主人公であるフリーランス女医の「いたしません」という、首尾一貫した態度。
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 パーソナリティ障害の人は、要求が1つ受け入れられると、次はさらに上回る要求を突きつける傾向があります。このように要求をどんどんエスカレートさせていき、要求が受け入れられなければ「私のことなんてどうでもいいんでしょ!!」などと非難します。
 このようにパーソナリティ障害の人が要求をエスカレートさせると、本人は自分自身をコントロールできなくなっていくため、非常に苦しい状況に落ち込んでいるのです。

 周囲の人間ができること・できないことを示すのは、「一方的な要求こそが相手に通じる手段である」という誤学習を治すことになります。さらに、自分自身をコントロールできないほど要求がエスカレートすることを防ぐので、長い目で見ればパーソナリティ障害の人を苦しめないのです。

 パーソナリティ障害に関する本を読んで感じたのは、専門知識がなければ診断も治療も非常に難しいということです。標準的な精神分析やカウンセリングが、症状を悪化させるケースがあります。
 本人の話に耳を傾けて、子ども時代など過去の領域に踏み込むと、以前に経験したネガティブな感情が噴出し、極めて不安定な状態になると岡田医師は著書『境界性パーソナリティ障害』(幻冬舎)に書いていました。臨床家たちは「パンドラの箱を開けた」と表現するそうです。


 また、パーソナリティ障害の人に振り回され、周囲の私たちもパーソナリティ障害に陥る可能性があります。
 「もともと情動のコントロールが弱い人では、境界性パーソナリティ障害の人の苛立ちや怒りが、そのまま伝染してしまう」と岡田医師。

 また、この本の冒頭で境界性パーソナリティ障害の治療者が熱心に支えようとするほど、患者たちの要求はエスカレートし、攻撃性や衝動性も悪化したと書かれていました。
 そして、治療サイドのスタッフ間でも、反目や対立が起こったのだとか。スタッフが敵味方に分かれてしまうわけですが、患者の中に起こっている二分法的認知が周囲にも影響を及ぼすのです。

 専門家ですら巻き込まれるのだから、素人が簡単に手を出せる領域ではなさそうです。
 「この人をなんとかいい方向へ変えよう」と働きかけるのは逆効果。治療は専門家に任せて、私たちの周囲にパーソナリティ障害の特徴に当てはまる人がいれば、その要求に振り回されないように十分な距離を取って、自分のやるべき仕事などに集中したほうがいいのでしょう。
 そして本人の気づきと回復を、遠くで待ちましょう。

文/森 真希(もり・まき)
医療・教育ジャーナリスト。大学卒業後、出版社に21年間勤務し、月刊誌編集者として医療・健康・教育の分野で多岐にわたって取材を行う。2015年に独立し、同テーマで執筆活動と情報発信を続けている。
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