「口にすることのほとんどがウソ」という人は、さほど珍しくもないという話 『自分を「平気で盛る」人の正体 』
人脈や経歴などについて、口にしている内容のほとんどがウソという人物に初めて会ったのは、『クラナリ』編集人(以下、「自分」)がまだ若かった頃の仕事の現場でした。
見た目は「よくいる業界人」という感じで、積極的。さらに、初対面のときには、意欲的で「できる人」という雰囲気を醸し出していました。
自分は上司からその男性を紹介され、さまざまなコネクションと情報を持っているようなので一緒に仕事をすることになりました。
しかし、いざ仕事が始まると、全部ウソだと驚かされたのです。
コネクションと情報は、はったり。まさに「息を吐くようにウソをつく」という状況でした。当然、論理性はなく、話し合いなど成立しません。
仕事が行き詰まると、私を指さして「コイツがさぁ」などと、なぜか責任をこちらに押し付けてくるのです。
幸い、この男性との仕事は短期で終わりました。
当時は、口にすることのほとんどがウソという人間に会ったことがなかったので、びっくりしました。しかし、人生、長くなってくると、さほど珍しくはないとわかってきたのです。似たような話は、メディアでも取り上げられています。
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photo/Laurentiu Robu |
演技性パーソナリティ障害については、以下の項目で5つ以上当てはまる場合に診断されるとのこと。
注目の的になっていないと不快感を感じる
他者との交流が不適切なほど性的に誘惑的または挑発的である
感情の急激な変化および浅薄な表現
自分に注意を惹くため常に身体的外見を利用する
極めて主観的かつ漠然とした会話
はったり,芝居がかったふるまい,および感情の大げさな表現
被暗示性(他者または状況に容易に影響を受ける)
人間関係を実際より親密なものとして解釈する
ですから、次のような特徴が表れると考えられます。
□注目を浴びるためにウソをつく
※詐称、詐病
□その場しのぎのウソをつく
※批判されると反射的にウソでごまかす
※自分のウソと現実が区別できていない
※同じ失敗を繰り返す
□平気でパクる
※中身がわからないままでの表面的なパクリなので、つじつまが合わなくなってしまう
□平気で他人になりすます
□罪の意識が欠如している
□自分の頭で考えられない
※文章などに具体的な内容がない
□もったいぶった言い回しをする
□敵味方に分けて、敵には攻撃的でさげすむ態度を、味方には甘えるような態度を取る
上記は、SNSでよく見かける現象です。
精神科の和田秀樹医師は、『自分を「平気で盛る」人の正体 』(SB新書)で、次のように「“盛る”ことが当たり前の社会」だと述べていました。
いま、テレビやSNS、職場などで、平気でウソをついたり、演技や経歴詐称まで行ったりして、自分を過度に良く見せたがる人、つまり「平気で盛る人」が増えています。もちろん、医師が患者を直接診察しない限り、演技性パーソナリティ障害かどうかは診断できません。専門医でも、判断は難しいようです。
しかも専門医でも一度診察したぐらいではなかなか判断がつかないわけですから、メディアというイメージづくりに長けた媒体を通した情報のみをもってして彼らをパーソナリティ障害という精神疾患に罹っていると断定することはできないのです。
演技性パーソナリティ障害の人には、ツイッターは非常に都合がいいメディアなのです。長い文章だと支離滅裂さが一目でわかります。一方、文字数が制限されているツイッターだと、切れ切れのツイートになるため、話題がおかしな方向に転換していても、書き手も読み手もわからなくなるのです。
同じことが会話や動画、パワーポイントを使った図解にも当てはまります。
賢そうな雰囲気を醸し出して、もっともらしく説明が進んでいくと、聞いている側、あるいは視聴している側は、話のつじつまが合っていないことに気づきません。ただ、論理がつながっていないため、文章化はできないのです。
悲しい話ですが、初対面のときに積極的で魅力的に見える人は、「口にすることのほとんどがウソ」の人の可能性があります。これを頭の片隅に置いておくことは、自分や家族の身を守るために重要かもしれません。
彼らが口にしたりツイートしたりしていることではなく、現実の行動、事実に注目したほうがよさそうです。
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