古代に作られた「人面墨書土器」の人間味たるや! その画力に驚く

 まず、用語の読み方から。

人面墨書土器
じんめんぼくしょどき

北下遺跡
きたしたいせき

下総国分寺跡 附北下瓦窯跡
しもふさこくぶんじあとつけたりきたしたかわらがまあと

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 人面墨書土器とは、墨で人の顔が描かれた土器です(ちなみに、墨書土器は墨で文字が書かれた土器)。

 人面墨書土器は、奈良時代から平安時代の初めにかけて作られたと考えられています。

 どうして、土器に人の顔を描いたのか。祭祀 や儀礼に使うためとされていますが、人面についてはいくつか推測されています。

1 人面は疫病神説

人面は疫病神(やくびょうがみ)を表現したものといわれ、病気になった人が息を吹き込み、川や溝に流したものと考えられています。

2 人面は神仏説

3 人面は人の顔説

 人面については,神仏の顔を描いたという説や本人の顔を描いたという説などがあります。


 京都府の遺跡から発掘された人面墨書土器は、表情や顔立ちにあまりにもバリエーションがあり過ぎて、疫病神説はちょっと違う気もしてしまいます。
文化遺産オンライン 長岡京東南境界祭祀遺跡出土品より


 「わっ! な、なんだよ! 驚かせるなよ」という顔をしているようにも……
文化遺産オンライン 長岡京東南境界祭祀遺跡出土品より



 「このラーメン、時間がたって増えてない?? 腹いっぱいで、もう食べられないんだけど」という顔をしているようにも……





 千葉県については八千代市でたくさん出土しているようで、市川市内では、北下遺跡から「人面及び人面墨書の可能性のある土器」が出土しているそうです。

[北下遺跡(14) 要約]
北下遺跡(14)は、下総国分僧寺の伽藍中枢から東へ約250mの地点に位置し、国分谷を臨む台地縁辺の斜面部下半から台地裾部の低地にかけて立地する。遺構は、西側北部と東側にみられ、西側北部は北側に溝跡・土坑、南側に鋳造関連遺構を検出した。鋳造遺構は瓦を多量に含む整地層上にみられた。東部では旧河道を検出した。旧河道内には土坑や編組製品を利用した護岸が作られていた。旧河道及びその周辺からは、多量の瓦類及び土器群、木製品が出土し、祭祀関連の遺物を検出した。人面及び人面墨書の可能性のある土器がいずれも旧河道SX012から11個体出土した。 出土瓦類のうち、軒瓦は国分寺創建期のものが大半を占める。熨斗瓦はいわゆる切り熨斗瓦で、450点以上出土し、ほかに道具瓦類も出土した。

 北下遺跡といえば、2004年、東京外郭環状道路(外環道)に伴う遺跡発掘調査で発見された下総国分寺跡 附北下瓦窯跡が話題になりました。国指定史跡となってからおよそ18年の間、ブルーシートがかけられ、シートが飛ばないように土嚢が載っている状態だったのです。うーん、杜撰というか……



 人知の及ばない世界へようこそ 大阪歴史博物館「異界彷徨―怪異・祈り・生と死―」 6月26日(月)まで という記事があったのですが、個人的には土器に描かれた表情があまりにも人間味にあふれていて、古代人の画力はすごいなと感心していました。
 楽しそうに、土器に描いている姿しか想像できません。これも「諸説」の中の一つということで。


 
■参考資料



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