物よりもミニマルにすべきものとは  羽田圭介「ミニマリストの流行は人生を手早く変えたい欲求の表れ」

 日経BOOKプラスに"羽田圭介「ミニマリストの流行は人生を手早く変えたい欲求の表れ」"というインタビューが掲載されていました。 
ミニマリストがテーマの『滅私』(著/羽田圭介 新潮社)



 その観察眼の鋭さに驚きました。また、テーマはミニマリストではあるものの、スピリチュアルや自己啓発についても同様のことがいえます。
 ミニマリストたちの極端な生活スタイルそのものよりも、メディアやSNSで彼ら彼女らが発している言葉に違和感を覚えたのがきっかけです。「人生を最大化する」「物より経験」など、みな一様に、コピーしたように単語レベルで同じフレーズを多用していました。どこかで見聞きした他人の言葉を、咀嚼(そしゃく)しないでそのまま自分の言葉として発信している。
 思わず、ひざを打ちました。
 「そう、そう、それそれ!」

 「どこかで見聞きした他人の言葉を、咀嚼(そしゃく)しないでそのまま自分の言葉として発信している」しているため、SNSの投稿はおびただしいのです。そりゃそうですよ、自分の頭で考えていないから、投稿するのに時間も労力もかかりません。

 ミニマリストたちの発信を見ていると分かるのは、徹底的に物を減らす暮らしをすれば悟りを開けるのかといえば、そうでもないということです。SNSやブログに「執着を手放そう」と書く一方で、誰かからちょっとした小物やお菓子程度のプレゼントをもらったことに対して、「ミニマリストを公言している自分に、物を送りつけてくるなんて!」と激怒していたりする。心が狭い。全く悟れていません(笑)。そうした矛盾にも興味を抱きました。

  目的と手段がごちゃ混ぜになっているのでしょうね。執着を手放すために物を持たないと決めたのに、自分がどのように見られているのかには執着しています。そのため、些細なことで、理不尽に腹を立てやすいのです。

短時間でできる分かりやすいことは、やはりバリエーションが限られているからです。多様性があったり、長期的に飽きられないものを作るには、TikTok的な分かりやすさからは外れるしかない。
 「わかりやすいさ」の弊害ですね。
 高学歴お笑い芸人の自己啓発系勉強講座の動画に批判が集まったのは、"わかりやすくする"ために重要な点を省いてしまい、事実とは異なる内容になっていたことでした。


 ミニマリストというと、物を極端に減らすことの方に目がいきますが、本質の部分にあるのは、それが最も手っ取り早く環境を変える方法だということだと、僕は捉えています。身軽になって、人生を劇的に変えられるような錯覚を得られる。コストも才能も要らないので、誰でも飛びつきやすい考えだからこそ、これだけ流行したのでしょう。
 安く、早く、簡単に、自分を変えたい。人生を変えたい。
 そんな私たちの欲求に応えたのが、ミニマリストというあり方なのですね。

 不要な物や人間関係の切り捨てを突き詰めていくと、最終的に他者を信じられない、自分と金融商品しか信じない生き方に行き着いてしまうこともある。
 『Phantom』の主人公は、自分が低賃金労働をしている間にも、自分が労働して得る年収と同じだけの配当収入を自動的に生み出してくれる金融資産=「自分の分身」を作りたいがために投資をしています。(中略)そのうちに、「お金に頼らないで生きていこう」「お金より人気が大事」といった言説や、そういったことを掲げながら集金しまくっているオンライン上のコミュニティーが現れだしたのを見て、これだと思いました。
 ここにも矛盾がありますね。「お金に頼らない」ことを主張する教祖的人物が、お金を集めまくっている。
 しかし、教祖的人物に妄信している人々は、この矛盾に気づかないのです。ネット上では「養分」と呼ばれています。

 インタビュアーの北川 聖恵さんが、的確にまとめています。
──「人生を最大化」したいミニマリスト、金融資産を心の安定剤にする個人投資家、オンラインサロンで得た思想に過剰に傾倒する人。将来に漠然とした不安を覚える人ほど、手段に依存し、自分の現在地や目的を見失う傾向が鋭く描かれています。こうした依存を避けるために、どうすればよいでしょう?
 依存。
 安く、早く、簡単に、自分を変える手段には、飲酒や買い物もありますよね。
 アルコール度数が高いお酒を飲むだけで、酔っ払って、自分が変わってしまいます。陽気になる人もいれば、暴力的になる人も。
 また、買い物で高い金を支払うだけで、店員は丁寧に接してくれ、自分が素晴らしい人物になったように錯覚できます。
 同様に、安く、早く、簡単に、自分を変えられると思い込んでしまった手段には、依存しやすいのでしょう。

 何事においても、他者が一対一で自分のために発してくれた意見には耳を傾けるべき価値があるのかもしれませんが、それ以外の他人の意見を、わざわざ自分から過剰に探しに行かない方がいいです。自力で答えにたどり着いたり、判断基準を持ったりしない限り、不安や依存を根本的に解消することはできません。
 自分にとって何が大切か、モチベーションを持てることは何か。何も、一生ものの大きなモチベーションを探す必要もないと思います。趣味でもいい。仕事と結びついている必要もない。それは、他人の意見の中をいくら探しても見つからない、自分で決めるしかないんです。

 何をミニマルにすべきか。
 そんな問いに対して、「情報」と羽田さんは答えているように思えました。周囲から入ってくる情報をミニマルにすることで、自問自答するしかなくなるからです。

 同時に、情報発信も、自分の中で練りに練ってから、ミニマルにすることも考えたほうがよさそうです。今の時代、ネットを使えば、安く、早く、簡単に、誰でも情報を発信できます。

 情報発信という手段を目的化してしまうと、「いいね!」が少ないなど、些細なことで、理不尽に腹を立てやすくなったり、不安になったりするのかもしれません。どうも、SNSで情報発信しまくっている人はトラブルまみれで、幸せそうに見えないんですよね。


 なお、ミニマリストがテーマというか、ネタにされているマンガ『あをによしそれもよし』(著/石川ローズ 集英社)には、つい笑ってしまう描写が多々あります。

 他人と違うことをやって、特別な存在でいたいだけ。それがミニマリスト。
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