『宗教の起源』ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード その3 ダンバー数、そして「共同体」と「社会」の違いは?
人間の集団生活は狩猟採取社会から始まり、定住する農耕・牧畜社会、階層化・階級化した社会、1765年頃からイギリスで始まった産業革命による都市への人口集中へと変化していきます。
もちろん、現在も狩猟採取社会は残っているので、全世界で同じように進むわけではなく、「川のそばの平野など、人がたくさん住みやすい」「産業革命が起こった(起こした)」といった状況に応じて変わっていったということです。
今の日本は、都市に人口が集中していますね。
集団の規模が大きくなっていくとしても、限界があります。人数が多いほどメンバー全員と顔見知りになるのも困難になり、共同体として維持できなくなるからです。
また、人が集まって暮らすと利害の衝突でトラブルが起こりがち。「我慢しなければならないなら、この共同体から離れたほうがいいや」と分散するのも当然の流れです。
『宗教の起源』(白揚社)の著者であるロビン・ダンバーは、「意味のある人間関係」を結べるのは150人までと発表して、この数は「ダンバー数(ダンバーズナンバー)」として知られているそうです。
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『友達の数は何人?―ダンバー数とつながりの進化心理学』著/ジョン・ダンバー インターシフト |
人間関係には濃淡がありますよね。道でばったり会ったときに、立ち話をする相手、軽く会釈する相手、「あっ、顔は見たことあるような気はけど……」と思いつつスルーする相手。
ロビン・ダンバーが述べるところの「意味のある人間関係」とは、立ち話をする相手と軽く会釈する相手ぐらいでしょうか。その合計は、150人程度ということになります。
人は一人で何人の友だちをもつことができるか?英国の人類学者ロビン・ダンバーは、1993年の研究で、人は150人以上とは意味のある人間関係を結べないことを理論づけた。この数は、「ダンバーズナンバー」として知られるようになった尺度である。ダンバーは著書「How Many Friends Does One Person Need?(人は何人の友人が必要か)」の中で、自分の研究を裏付ける過去と現代の実例を挙げている。紀元前6千年ごろ、中東における新石器時代の村落の規模は住居数から判断すると120人から150人だった。1086年、世界初の土地台帳「Domesday Book」に記録された英国のほとんどの村の平均的な規模は160人。現代の軍隊では、戦闘部隊は平均130人から150人で編成されている――。ダンバーは、そう言っている。
人類が誕生したのは、700万年~500万年前のアフリカとされています(諸説あり過ぎ)。仮に600万年前としましょう。
産業革命が起こって、人口が年に集中するようになったのは250年前くらいのことです。
人類の歴史で5999750年間ほど、割合にして99.995833%の期間は、150人ほどの集団で人々が暮らしていたことになるとロビン・ダンバーは『宗教の起源』で語っていました。
人類は長い進化の歴史のほとんどを、小規模社会で過ごしてきた。(中略)こうした社会では、五~一〇家族(男女と子ども合わせて三〇~五〇人)が、移動する小さなバンドを作り、それがいくつか集まって、一定の土地を支配する共同体(氏族と呼ばれることもある)になる。(中略)共同体を移るにしても、行き先は同じ部族(同じ言語や方言を話す人の集団)の近隣の共同体だ。
もちろん部族も親族関係の拡大集団だが、規模は格段に大きい。全員と知りあいになることは不可能なので、代わりに目印が必要になる。そのひとつが言語だ。民族誌学では、部族とは同じ言語(普及範囲が広い言語の場合は方言)を共有する集団と定義されている。(中略)ではこうした集団の大きさはどれぐらいなのか?(中略)平均ととるとほぼ一五〇人だ。(中略)一五〇人の共同体は五〇人のバンド三つで構成され、ひとつのメガバンドは三つの共同体で成りたつといったぐあいだ。つまり産業革命が起こるまで、世界のほぼすべてで共同体の大きさは決まっており、それは長きわたり驚くほど一定していたようだ。(中略)一五〇人という数字には、規模と安定性において人間の心理に根ざす何かがあるようだ。
人間の集団の規模については、以下のようになるのでしょうか。
家族<50人ほどの小さなバンド<150人ほどの共同体(氏族など)<メガバンド<部族(同じ言語を共有する集団)<社会
狩猟採取民は通常、五〇人に満たないバンドで生活する。ほかの霊長類の集団と異なるのは、より上位の集団に組みこまれていることだ。バンドがいくつか集まって共同体をつくり、複数の共同体がメガバンドを構成し、メガバンドが寄りあつまってひとつの部族になる。
p121
「意味のある人間関係」よりも薄い「意思疎通ができそうな関係」の目印が、言語。
確かに、海外旅行をしたときに、「あっ! 日本語が通じそう」と思った相手には、「すみません、日本人の方ですか?」などと声をかけることもありますよね。『クラナリ』編集人は、声をかけたことも、かけられたこともあります。同じ言葉を使えるだけで、ちょっとした仲間意識が持てそうです。
それから、中華街やアラブ人街などが形成されるのも、言語を目印に、共同体を移動する人が多い結果といえそうです。東京都の西葛西にはインド人のコミュニティができているそうで、おそらく、本国インドを出発した人が「日本の中でヒンディー語が通じる場所」を目印に西葛西にやって来ているとも考えられます。
『宗教の起源』には、人間の共同体の成立について、以下のようにまとめられています。
1 霊長類が結束の強い社会集団で生活するのは、外的脅威から身を守るためだ。2 特定の種の集団規模は、脳の大きさによって制限される(次いでその規模は、居住と採餌の環境が良好であるかぎり、その種が通常経験する脅威のレベルに順応している)。3 人間の自然な社会集団と個人の社会ネットワークにもこのパターンが当てはまる。4 人間の自然な共同体、個人の社会ネットワーク、そして教会の信者集団には、約一五〇人というはっきりした上限が存在する。5 この上限は、構成員の帰属意識、ほかの構成員との個人的なつながり、集団所属による利益に対する満足度といった、集団規模が与える影響によって決まっていると考えられる。
ここで気になるのは、「共同体 community」と「社会 society」の違い。
まずは英語の語源を検索しました。
community(n.)14世紀後半、「同じ地域に居住することによって結びついた一群の人々」を指す言葉として、また「一般の人々」(つまり、統治者や聖職者ではない人々)を指す言葉として、古フランス語の comunité「共同体、共通性、全員」(現代フランス語の communauté)が使われました。これは、ラテン語の communitatem(主格は communitas)「共同体、社会、友情、友好的な交流; 礼儀、謙遜、親しみやすさ」から派生したもので、これは communis「共通の、公共の、一般的な、全員または多くの人に共有される」(common(形容詞)参照)から来ています。society(n.)1530年代、「他人との交友や友好的な付き合い」を意味し、古フランス語のsociete(12世紀、現代フランス語ではsociété)から来ています。これは、ラテン語のsocietatem(主格はsocietas)「仲間関係、連合、結束、共同体」から derived され、同盟者や仲間を意味するsociusに由来し、PIE(印欧祖語)の根*sekw-(1)「従う」の派生形*sokw-yo-に基づいています。
うーん……
さらに検索したところ、光文社のサイトがヒット。非常にわかりやすく説明してありました。
コミュニティーの語義は「全員の同質性に立脚する集団」相互の贈物、共通の賦課、共同の任務や職、相互の義務、共同の成果、相互の好意家族や村落「社会(society/société)」は、個人を構成単位とする集団であり、赤の他人同士が連帯する場である。社会、社交界、協会、学会、団体家族や村落とは異なり、どれも何らかの制度的枠組や機能的要件の上に成立
この光文社のサイトの文章は、どなたが書かれたのでしょうか……?
光文社のサイトの文章で考えると、ダンバー数は「共同体」について言及したものになりそうです。ダンバー数150人は、1クラス30人の場合、5クラス。一昔前の小学校の1学年分の人数というところでしょうか。
同じ地域で同じ学年という共通点がある集団です。
ちなみに、『クラナリ』編集人の住む千葉県市川市の人口は、公式サイトによれば、令和6年4月30日現在で49万4871人です。これは「社会」ですね。同じ市に住んでいるとしても、赤の他人同士。そういった関係性で連帯するには、何が必要なのでしょうか。
連帯するための要素についても『宗教の起源』に書かれていますが、『クラナリ』で触れるにはまだまだ先のことになりそうです。
■参考資料
西葛西:東京の水辺で触れる南アジアの文化
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