「今」を起点に何ができるか、かすり傷で済むのはどんな行動かを臨機応変に考える「エフェクチュエーション」

  成功を収めてきた起業家から「長年の経験や苦労から何を学んだのか」を聞いて、思考プロセスや行動のパターンを体系化した「エフェクチュエーション(Effectuation)」。
 バージニア大学ビジネススクールのサラス・サラスバシー教授が、2008年に発表した理論です。
 神戸大学大学院経営学研究科の吉田満梨 准教授は、「熟達した起業家から発見された、“予測”ではなく“コントロール”によって不確実性に対処する思考様式」「今の手元にある資源や手段を活用してどんな効果(effect)を得るかという思考のプロセス」と説明しています。
書籍『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』の帯



手元にある端切れを縫い合わせたキルトのようなエフェクチュエーション(photo/Erik Mclean

パッチワークキルトのような過去のマーケティング理論



 およそ20年前に提唱されたエフェクチュエーションは、「あらかじめ市場ができている」「未来は予測できる」が前提の40年前の理論とはかなり異なっています。

〇コトラー・ポーターの理論

 「マーケティングの神様」と呼ばれている、ノースウェスタン大学大学院のフィリップ・コトラー(1931ー現在)教授は、 1980年に「競争地位戦略」という理論を提唱しました。企業を①マーケット・リーダー、➁マーケット・チャレンジャー、③マーケット・フォロワー、④マーケット・ニッチャーの4つに分けて、それぞれに応じた戦略目標を提示しています。

 また、ハーバード大学経営大学院のマイケル・ポーター(1947ー現在)教授は、1980年に出版した著書『競争の戦略』の中で、①コストリーダーシップ、②差別化、③集中という「3つの基本戦略」を提唱しています。これらは「ポーターの競争優位の戦略」と呼ばれているようです。

 
 コトラーもポーターも、あらかじめ市場が存在していることを前提に、競争戦略を練ったり予測をしたりするという理論のようです。

 そして、最初に目標を設定し、目標を起点に「市場規模は?」「成長率は?」「競争環境は?」を調査して最適な手段を検討し、段階的に何を行うのかを決めていくコーゼーション(Causation、因果論)が、ビジネスの進め方として一般的だったとサラスバシー教授は述べています。

〇エフェクチュエーション

 コーゼーションの起点は未来ですが、それを現在に設定するのが「コ・クリエーション」です。「共創」を意味するマーケティング用語で、さまざまな立場の人たちが対話して、新しい商品やサービスを作り出すことを示しています。市場を形成するときに重要になる概念です。

 起業する際に重要なのは、市場はあらかじめ存在しているのではなく、起業家が形成するものだと考えること。
 すでに完成されている市場に遅れて参入しても、成功するのは厳しいものです。あらかじめ存在する市場には、「伸びしろ」がないわけですね。


 ビジネスにおいて、ある程度予測可能な場面ではコーゼーション、そうでない場合ではコ・クリエーションをベースとしたエフェクチュエーションと、2つの考え方を使い分ける必要性を、サラスバシー教授は提唱しています。



エフェクチュエーションの考え方というのは、例えば「まず手元にある手段から考え始める」というものです。そして、協業する意思のある人と協業します。たとえ多くのリソースを持っていたとしても、協業する意思のない人たちを追いかけることに多くの時間と労力を使うことはしません。

無限に広がる未知の宇宙としての市場を相手にして、必死にその予測をしようとするということではなく、まず手元で見えている確実な相手、小さな人数のグループから始める。最初の顧客を「パートナー」として捉える。

エフェクチュエーションの「許容可能な損失理論」がとても重要になってきます。まず許容可能な損失の範囲を決める。つまり、自ら対処することができる下限です。ここがエフェクチュエーションの一番面白い部分です。不確実なものを確実にしていくプロセスではなく、エリアを切っていくイメージです。


 デジタル技術については、さまざまなデータを瞬時に、簡単に手に入れられるようになるため、世界を予測可能にするものだと考えられていました。
 しかし実際は、予測不可能になってきています。最近のKADOKAWAの一件でも、強くそう実感しました。

そこで、デジタルの世界では実践的にエフェクチュエーションが使えなきゃいけないということになるわけです。多くのニッチな市場をつくる機会が増えているということもいえます。

 優秀な起業家が意思決定のポイントにしている5つの原則は、エフェクチュエーションに取り入れられています。

 ① 「手中の鳥」の原則 (The Bird in Hand Principle)  「目的主導」ではなく、既存の「手段主導」でなにか新しいものを作る

 すでに手元にある資源や能力、知識、人脈などを明確にして、それで何ができるかを考えます。
 「手中の鳥」には、次の3つがあります。
〇自分は何者か(Who I am?)(自身の特徴、選好、能力)
〇自分は何を知っているか(What I know?)(自身の教育、専門性、経験)
〇自分は誰を知っているか(Who I know?)」(自身のネットワーク)

 社会全体ではなく自分を起点に、手に収まるくらい小さな範囲で、「何ができるかな」と考えるのです。
 「身の丈に合わせる」「身の程を知る」ということでしょうか、いい意味で。

② 「許容可能な損失」の原則 (The Affordable Loss Principle) 期待利益の大きさではなく、損失(マイナス面)が許容可能かに基づいてコミットする  

 死なないくらいのかすり傷を負うことを想定して、リスクのある行動を取ることだと、『クラナリ』編集人は理解しました。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」「失敗は許されない」「当たって砕けろ」ではないんですね。

 なんだか『失敗の本質』を思い出してしまいました。涙。



 「いくらまでなら損失を許せるか」を考えて、失敗も想定内で、許せる範囲内で小さく事業を始めるわけです。
 ビジネスでの「小さく生んで大きく育てる」ということになりそうですね。

 

③ 「クレイジーキルト」の原則 (Crazy-Quilt Principle)   コミットする意思を持つ全ての関与者と交渉し、パートナーシップを築く

 クレイジーキルトとは、形や色などの違う端切れを縫い合わせたキルト。そんなクレイジーキルトのように、条件などを取り払って、組める人とは誰とでもパートナーシップを構築するという考え方です。
 「融通無碍」という言葉が思い浮かびました。

④ 「レモネード」の原則 (Lemonade Principle)  予期せぬ事態を避けるのではなく、むしろ偶然をテコとして活用する

 「レモンをつかまされたら、レモネードを作れ」(When life gives you lemons, make lemonade.)ということわざをもとにしたもの。日本にも「失敗は成功の始まり」「災い転じて福となす」といった言葉がありますよね。
 仕事でもプライベートでも、失敗したり、思ったとおりにすすまなかったりすることは珍しくありません。それを避ける・なかったことにする・強引に思いどおりに進めるのではなく、学習機会と捉えるのです。そして別の形で活用して「成功」「福」に導くという考え方だといえます。


⑤ 「飛行中のパイロット」の原則 (Pilot-in-the-Plane Principle)   予測でなくコントロールによって望ましい成果に帰結させる

 テレビ番組では、「危機一髪」のシーンがよく登場します。飛行機を運転している際に、突然の悪天候やエアポケット(晴天乱気流)、バードストライク、はたまたハイジャックなど、さまざまなアクシデントに見舞われながらも、パイロットがその場その場で判断し、事故を回避するという内容です。
 そんなパイロットと同様に、起業家たちも変化する状況を見極め、自分ができることに意識を集中させて、臨機応変な対応を取っているとのことです。
『エフェクチュアル・アントレプレナーシップ』より


 
■参考資料
学生・若手社会人が最初の一歩を踏み出すための、エフェクチュエーション入門→お勧め

サラス・サラスバシー氏✕博報堂 安藤元博 エフェクチュエーションは「コトラーのマーケティング」を超えるか

野村総合研究所




上の図の和訳

the CAVE framework.
Causal: Relies on prediction and planning
Adaptive: Focuses on pivoting and adapting to the environment
Visionary: Seeks to compel the world to follow
Effectual: Emphasizes shaping and co-creating elements of the environment
コーザル:予測と計画に頼る
アダプティブ:路線変更と環境適応に集中する
ビジョナリー:世界が従うように強いる
エフェクチュアル:環境要素の形成と共創に重きを置く
Effectuation — a term Sarasvathy coined to describe how expert entrepreneurs make decisions in highly uncertain situations — involves techniques that minimize the use of predictive information. 


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