腎臓を巡る、長く、曲がりくねった物語 その27 窒素
中学理科の参考書には、代謝・恒常性・連続性の3つを生命活動として、この3つを行っているものを「生物」とすると書かれています。
3つの生命活動と対応するのは、以下の生体物質です。
3つの生命活動⇔関係する生体物質
代謝(同化と異化)⇔タンパク質(アミノ酸が重合)
アミノ酸は、分子内に酸性基であるカルボキシル基(-COOH)と塩基性基であるアミノ基(-NH2)を持つ有機化合物(分子中に炭素:Cが含まれており、炭素が原子結合の中心となっている化合物の総称)で、化学式はRCH(NH2)COOH。
恒常性(ホメオスタシス、膜によって外界と分けられて内部が一定に保たれていること)⇔リン脂質
リン脂質は、脂肪酸(RCOOH)、アルコール(C2H5OHまたはCH3CH2OH)、リン酸(H3PO4)、窒素化合物から構成されています。
窒素化合物には、コリン(C5H14NO)、エタノールアミン(C2H7NO)、セリン(C3H7NO3)などがあります。
連続性=自己複製(自分のコピーを作る)⇔DNA(デオキシリボ核酸)、 RNA(リボ核酸)
核酸は、ヌクレオチドが繰り返し結合する構造をした、大きな化合物(高分子化合物)です。ヌクレオチドは、リン酸(H3PO4)・五炭糖(5つの炭素〈C〉が含まれ、五角形をしている)・塩基(窒素を含む複素環式化合物)が結合した化合物です。
DNAとRNAの違いは、五炭糖にあります。ヌクレオチドの糖がデオキシリボース(C5H10O4)であればDNA、リボース(C5H10O5)ならばRNAです。
※えん‐き【塩基】1 水溶液中で水素イオンを受け取り、水酸化物イオン(OH-)を生じる物質。酸と反応して塩を生じる。2 核酸の塩基性成分。DNA・RNAを構成する、窒素を含む複素環式化合物。プリン塩基のアデニン(C5H5N5)・グアニン(C5H5N5O)、ピリミジン塩基のチミン(C5H6N2O2)・シトシン(C4H5N3O)・ウラシル(C4H4N2O2)がある。
デジタル大辞泉に化学式を入れて改変
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RNA |
生物の誕生で、現在、有力なのは「RNAワールド仮説」です。最初の生命はRNAのみで、自己複製と代謝を行っていたという説です。RNAワールド仮説の基づくと、生命が生まれたときには、水素(H)、リン(P)、酸素(O)炭素(C)、窒素(N)が地球にはあったと考えられそうです。これらの元素がどこから、あるいはどうやってできたのでしょうか。
太陽での核融合反応で、水素からヘリウムができます。ヘリウムもさらに核融合反応を起こし、その繰り返しで炭素、酸素、窒素、鉄などの重い元素が次々と作られます。こうしたことから、水素、酸素、炭素、窒素は宇宙空間にあったと考えられます。
ただ、リンについては、宇宙での存在量 (太陽組成比) は、10のマイナス7乗程度と極めて小さいのだそうです。地球の生命は、存在量の低いリンをなぜ使ったのかについて、研究がされています。
今回は生命誕生に必要な元素の一つである窒素について、遠回りになりますが、地球誕生から調べていました。なお、断言したり、「約」を使わなかったりしていますが、すべては仮説です。
45億年前
小惑星の衝突によって地球ができたばかりの45億年前は、大気の組成は水素8割、ヘリウム2割で、星間ガスと同じ成分でした。質量の軽い水素とヘリウムの気体は、太陽からの風(太陽風)で吹き飛ばされました。
同時に、小惑星の衝突によって地表の温度は400度の高温となり、地表はマグマ(地球をはじめとする天体を構成する固体が、その内部で溶融しているもの)で覆われていました。地球を形作った小惑星や彗星の揮発成分が噴き出し、水蒸気、二酸化炭素、窒素、硫黄などの気体が混じり、大気ができました。
43億年前
43億年前、小惑星の衝突が減って、地表の温度が低下しました。
また、水蒸気は上空に昇り、マグマの熱が届かない高いところで冷えて雨になります。雨は重力で地表に落ちていきますが、マグマの熱で水蒸気になって上空に上ります。このような水(水蒸気↔雨)の循環で、地表の温度は少しずつ下がりました。
40億年前
マグマが冷やされて陸地が誕生し、そこに雨が降り注いで最初の海が形成されたのが40億年前です。最初の海は水温が150度もあり、硫黄や塩素などの火山性ガスが溶け込んで強酸性でした。
この頃、地球の磁場はまだ安定していなかったので、太陽からの紫外線やX線が、地表に降り注いでいました。紫外線やX線は、分子をバラバラにして原子にしてしまいます。ですから陸上や海面では、生命は誕生できない状況でした。
36億年前
36億年前に、紫外線やX線が届かない海底の熱湧水(温泉)で、最初の生物(嫌気性生命体)が発生した可能性が高いと考えられています。これが「海底熱水説」です。
別の説として、「有機分子ビッグバン説」があります。40億年前から38億年前に、隕石が激しく地球にぶつかりました。そのため、海は圧力を受けるとともに高温になり、水は水素と酸素に分解され、金属や鉱物と反応。また、大気を構成していた窒素からアンモニアが生成され、生命の素になった有機分子が多量に生成したと考えられています。
有機分子ビッグバン説での「大気を構成していた窒素からアンモニアが生成」は、どうして重要なのでしょうか。
大気中の窒素ガス(N2)は安定しているので、そのままでは生命誕生には使われていないと考えられているようです。詳細は、後ほど「窒素固定」のところで紹介します。
もう一つの説は、地中で生命が生まれたというものです。地下深部の温度圧力条件でアミノ酸が10以上も重合することが実験でわかっています。生命は地下で誕生し、プレートが海底からマントルに沈み込むとき、プレートに載った海洋堆積物の一部がはぎ取られて海洋に出て拡散したというプロセスです。
さらに、宇宙から生命前駆物質が持ち込まれたという説もあります。地球上で発見された炭素質隕石からはアミノ酸などが検出されています。加えて、彗星などにも大量の有機物が含まれています。
生命誕生には諸説ありますが、生命が育まれたのは水の中、有力なのは海の中という説です。
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生命誕生の旧シナリオ(『宇宙からみた生命史』をもとに作図) |
マグマが固まってできた陸地に雨が降ったり、海の波がかかったりして、岩石に含まれているナトリウム、カリウム、カルシウムなどが溶かし出されます。こうした物質が、強酸性の海を中和しました。水に溶けたナトリウム(ナトリウムイオン)は塩素(塩化物イオン)と結びつき、食塩ができました。
海水に少しずつ二酸化炭素が溶けて、温室効果は弱まり地球の気温は低下します。こうして、海水の温度も下がりました。
水蒸気は海となり、二酸化炭素も海に溶けたので、窒素が残り、大気の主成分となりました。
25億年前
地球の磁場が安定したのは、25億年前です。太陽風などが南極や北極に迂回するようになり、低緯度地域(赤道周辺)の放射線レベルは低下しました。そして、深海の生物が海面付近でも生きられるようになり(分子が壊されない)、太陽光を利用する(光合成)生物が登場しました。
光合成生物は、二酸化炭素と水から、炭水化物(単糖を構成成分とする有機化合物の総称)と酸素を合成します。そして蓄えた炭水化物からエネルギーを取り出して、生命活動を行っています。
光合成生物が吐き出した酸素で、海中の酸素濃度は高くなりました。海水中に溶けていた鉄は酸化され、さび(酸化鉄)になって海底に沈みました。また、嫌気性生物も酸化されて機能が低下するため、酸素濃度の高くなった海面近くでは死滅します。
嫌気性生物のいなくなった海中では、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す好気性生物が繁栄しました。
また、海水に溶けなかった酸素は空気中へと広がって、現在のような窒素と酸素を含む大気になりました。
ようやく窒素の話
ここから、窒素の話となります。
窒素とは、元素記号N、原子番号7、原子量14.01の元素です。大気中では、窒素同士が結びついた窒素ガス(N2)の状態で安定しています。
窒素は常温では色もにおいもない気体で、地球の大気の78%(体積比)を占めています。残りは、酸素20.95%、アルゴン0.93%、その他0.003%です。
窒素固定
先にも述べたように、核酸の塩基は、窒素を含む複素環式化合物。ですから、窒素は生命に必要なものです。
ただ、大気中の窒素(N2)は安定した物質なので、植物も動物も、窒素を直接利用することができません。では、植物や動物はどうやって窒素を取り込んでいるのでしょうか。
生物が窒素を体内に取り込むには、空気中に多量に存在する安定な窒素分子を、反応性の高い窒素化合物のアンモニウムイオン(NH4⁺)に変換するプロセスである「窒素固定」が必要です。
窒素固定を行うのが、窒素固定生物と呼ばれている原核生物です。自然界では、一部のシアノバクテリア(最初の酸素発生型光合成生物といわれる光合成細菌)やメタン菌(メタン生成菌、化学合成古細菌)などの限られた微生物が、ニトロゲナーゼという酵素(タンパク質)を使って窒素固定を行っています。 ※メタン(CH4)
メタン菌は、窒素を水素や炭素と化合させる機能を持っています。そして、地球に最も古くから存在する生命体の一つと考えられています。
地球上に生命が誕生した後で生態系の維持と進化には、アミノ酸やDNAの材料となる窒素化合物が継続的に供給される必要があります。そのため、地球で最初に窒素固定を行った生物は、深海熱水環境で生息していた生命の共通祖先、またはメタン菌ではないかと考えられています。
窒素固定生物は土や海の中に存在しています。ですから、窒素固定によって作られたアンモニウムイオンは土や海の中にあります。
硝化
アンモニウムイオンはまず亜硝酸菌によって取り込まれ、 亜硝酸イオン(NO2-) が放出されます。そして亜硝酸菌によって放出された亜硝酸イオンは 硝酸菌 によって取り込まれ、硝酸イオン(NO3-) が できます。アンモニウムイオンが亜硝酸菌・硝酸菌によって硝酸イオンへと変化する過程を「硝化」といいます。アンモニアイオンから亜硝酸イオンへ、亜硝酸イオンから硝酸イオンへという2段階の酸化が含まれています。
同化(代謝)
植物や海藻などの生産者は、硝酸イオンを吸収し、有機窒素化合物を合成します。
植物は根から硝酸イオンやアンモニウムイオンなどの無機態窒素を吸収し、光合成で作り出したブドウ糖と結合させて、アミノ酸や核酸、ATPなどの有機窒素化合物を合成します。この働きを「同化」といいます。
異化(代謝)
動物は、植物やほかの動物から、アミノ酸が重合したタンパク質の形で窒素を摂取しています。つまり、食べ物や飲み物などで、窒素を取り込んでいるわけです。
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3. 自然界における窒素の循環より |
動物の体内でアミノ酸が代謝(異化)されると、アンモニア(NH3)ができます。
炭水化物(CHO), 脂肪(CHO) → [呼吸] → CO2 (気体), H2O (汗、尿、息)タンパク質(CHON) __________↑____ NH3 → 細胞に有害(排除必要)
アンモニアが体内で一定の濃度を超えると、中毒症状が現れ、死に至ることもあります。アンモニアの腐食性や発熱性により、目や皮膚、口腔、気道の粘膜が刺激を受けて、熱傷を引き起こす可能性があります。また、脳の血管からアンモニアが浸透すると、脳細胞は傷つけられます。
アミノ酸の代謝で体内に発生したアンモニアを、円口類(ヤツメウナギやヌタウナギ)はそのままで体外に排泄しています。80%以上が鰓から排泄され、尿によって排泄されるのは20%以下です。
水生の無脊椎動物も、アンモニアのほとんどをそのまま排出しています。
軟骨魚類(サメやエイ)は、肝臓でアンモニアを尿素に変えて(オルニチン回路)、体内に蓄積して浸透圧調節に利用しています。尿素などを体液に高濃度に保持して、体液の浸透圧を海水よりも若干高く維持し、そのため海水という高塩分・高浸透圧環境でも脱水から免れています。それだけでなく、体内のほうがわずかに高浸透圧であるため、水は体内に流入し、海水中でも水を得られます。本来排出するべきものを、海という環境で生きるために有効利用しています。
硬骨魚類は、アンモニアで50~80%を排出し、残りは尿素です。
両生類は、毒性の高いアンモニアを陸上でそのまま排出するわけにはいかないので、毒性の低い水溶性の尿素に変換し、水に溶かして尿として排出します。無尾両生類のカニクイガエルは汽水域に生息し、体内に尿素を蓄積して環境浸透圧に体液を合わせています。ほかの無尾両生類も、高浸透圧環境におかれると体内に尿素をためるようになります。
水生爬虫類(カメ)と哺乳類も、オルニチン回路でアンモニアを尿素にしてから、体の外へ排出します。
哺乳類は、腎臓に尿素を高濃度に蓄積しています。腎臓の浸透圧を高めることで、糸球体で濾過した原尿から水を再吸収し、尿を濃縮して水を保持できるようになります。
尿素を使った体液浸透圧の調節は、脊椎動物に広く存在していて、軟骨魚類で発生した仕組みと考えられます。
ほかにも、尿素は陸上や海洋など体の水分維持が難しい環境下で、酸塩基平衡、凍結防止、浮力維持などいろいろな生理的役割を果たしています。
爬虫類は両生類より陸上環境に適応するため、産卵場所を水中から陸に変更しました。
卵の構造も変わり、卵の中身を乾燥から守るため、硬い殻で覆う必要があります。
卵の中の赤ちゃんは、老廃物を卵の中に排出しています。尿素だと水に溶けるので卵全体に広がり、卵の中は不衛生になってしまいます。
一方、水に溶けない尿酸は、卵の中では固形で、とても小さなスペースに保存することが可能になりました
このように爬虫類は、アンモニア→尿素→尿酸と変換しています。
成体になっても、この代謝の仕組みは変わりません。アンモニアは肝臓で尿素から尿酸になります。
爬虫類から進化した鳥類も、爬虫類と同じ排泄方法です。
鳥のフンが落ちている場所には、真っ白になっている部分があります。これが尿酸です。
なお、昆虫は、アンモニアを尿酸に変換します。 尿酸は、水に溶けにくく、半固形状、あるいは固形状の状態で、フンと一緒に排出されます。
■参考文献
『観察でわかる 中学理科の生物学』著/福地 孝宏 誠文堂新光社
『宇宙からみた生命史』著/小林 憲正 筑摩書房
農業における窒素循環の視角から循環型社会を展望する 大串 和紀 3. 自然界における窒素の循環
山賀 進のWeb site 第3部 生命
Wikipedia
Try IT(トライイット)の高校生物
リンと生命の起源研究会
※フリーランスの編集者・ライターである『クラナリ』編集人(バリバリの文系)は、腎臓に関する記事や書籍に携わる機会が多いため、それに関連していろいろと考察しています。素人考えですが。
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