睡眠の基礎知識1 概日リズム(サーカディアンリズム) 人間の体内時計の周期は25時間ではなく24時間10分前後だった!

 『クラナリ』編集人が月刊誌の編集者になりたての20代の頃、漢方の連載を担当することになりました。取材先は重鎮の医師(日本消化器外科学会の名誉会長、当時は推定60代後半)で、ライターもそれに合わせて年配の男性に依頼していました。

 その取材の場で、寝ちゃったんですよね、私……

 テーブルを挟み、私は医師の真正面にいるのに、いつの間にか眠りに落ちていました。はっと目を覚ましたときの気まずさは、今でも忘れられません。

 不思議ですよね、睡眠というものは……


 洋の東西を問わず、古い時代から睡眠の存在は知られていて(まあ、当然ですが……)、夢は「霊魂の旅」「神と悪魔の世界の感知」「予言的な暗示」などと重視されていたようです。
 科学的な睡眠の研究については、脳の研究との関連で1926年に始まったとされています。ただ、現在でも睡眠の仕組みはわかってはいません。「脳を休めるために眠る」と考えられていた時期もありますが、脳を持たない動物でも睡眠を取っていることが報告されています。
 そんな謎めいた睡眠について、主要な考え方(概日リズムと恒常性)、さまざまな動物での研究、『クラナリ』編集人がこれまでに大学教授や医師に聞いた不眠対策、そして、「仕事中や授業中になぜか眠りに落ちる」メカニズムについても紹介します。

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 睡眠の量(長さ)と質(深さ)を調節しているとされているのが、概日リズムと恒常性です。
○概日リズム(サーカディアンリズム) 1日の活動時間帯(人間では昼、夜行性動物では夜)に体内時計が眠気を覚ます覚醒信号を作り、時間帯に応じて変化する
○恒常性(ホメオスタシス) 覚醒時間(睡眠不足、「睡眠負債」)に比例して眠気が増加し、睡眠で眠気が解消される

 今回は、概日リズムについてまとめてみました。

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 地球上の多くの生物では、約1年や約1カ月、約1日の周期的なリズムが維持されています。こうしたリズムをコントロールしている、生物に備わった仕組みが体内時計(生物時計)です。


 周期的なリズムの中で、約1日周期のリズムを概日リズムといいます。人間の体については、時刻を知る手がかりのまったくない環境(洞窟の中など)に置かれても、約1日のリズムで睡眠と覚醒が見られます。また、朝が来ると血圧が上がって心拍数が増え、昼には血液中のヘモグロビン濃度が最も高くなります。夕方には体温が最も高くなり、真夜中には成長ホルモンが盛んに分泌されます。

 概日リズムを作り出しているのが、時計遺伝子です。脳の視床下部にある視交叉上核(しこうさじょうかく)では、時計遺伝子という設計図をもとに、時計タンパク質という体内時計のオン・オフのスイッチなどの部品が作られます。
 時計タンパク質が細胞の中で一定の量に達すると、時計タンパク質の生成が抑えられ、やがて時計タンパク質は分解されて減っていきます。すると、再び、時計タンパク質が合成されるようになります。これが体内時計の中核となって繰り返されるコア・ループです


 体内時計を調整するのは、強い光です。強い光には覚醒作用があり、午前中に浴びると体内時計が早まります。つまり、朝方にシフトするというわけです。


 概日リズムについては、1930年代に植物で研究が始まったとされています(諸説あり)。
 ドイツの植物生理学者のエルヴィン・ビュニングは、インゲンマメの葉が、光が当たる・当たらないとは関係なく、夜になると閉じることから、生物には24時間周期のリズムが備わっていると考えました。そしてこの考えを、1936年にドイツ植物学会誌に投稿しています。

 1959年には、アメリカのミネソタ大学教授であるフランツ・ハルバーグは、約24時間のサイクルで自己調節するシステムをcircadian rhythm(サーカディアンリズム)と呼ぶことを提唱しました。ラテン語のcirca(英語のabout)とdiem(英語のday)をくっつけた「約1日の」という形容詞の造語です。ハルバーグは、「時間医学」という新しい医学概念の提唱者でもあります。

 1960年代には、研究者が自分の体を実験台にして概日リズムの研究を行いました。
 フランスの冒険家・科学者であるミッシェル・シフレーは、1962年にアルプスの氷河洞窟にこもって、62日間、1人きりで生活しました。このとき、シフレーの主観的な1日が24時間より長くなったことが報告されています。
ミッシェル・シフレー(写真/Wikipedia


 また、ドイツのマックス・プランク研究所にいた生物学者のユルゲン・アショフは、ミュンヘン大学の地下にあった防空壕の手術室を改造した部屋にこもりました。アショフは睡眠覚醒リズムだけでなく、深部体温、尿中ステロンドホルモンの分泌などを測定し、すべてが24時間より長く、25時間に近い周期を示したことを発表しました。
 その後もこうした隔離実験は毎年行われ、1970年にシフレーが205日間の滞在記録を作るまで続けられました。
ユルゲン・アショフ(写真/Wikipedia


 アショフの発表から、「人間の体内時計の周期は25時間」という説が広まっていたのでしょう。この説は、後世の研究で修正されています。詳しくは、末尾で説明します。


 1970年代に、アメリカのカリフォルニア工科大学の教授だったシーモア・ベンザーは、ショウジョウバエの遺伝子に人為的に突然変異を起こして、行動がどう変わるのかの研究を始めました。そして、大学院生のロナルド・コノプカとともに、時間感覚に異常を来す遺伝子などを見つけました。ベンザーたちは概日リズムを制御する時計遺伝子がX染色体の一定領域にあることを突き止め、ピリオドと名づけました。ベンザーはこの研究で1993年にクラフォード賞を受賞しました。

 ショウジョウバエといえば、あの煩わしいコバエの一種。受精卵が10日で成虫になったり、飼育が簡単であったり、さまざまな変異体を作り出したりすることから、生物学の研究によく使われるのだそうです。私たちにとっては、すぐに成虫になってどんどん増えるのは腹立たしいのですが、研究者にはありがたいのでしょうね。
 下の写真で、ベンザーはショウジョウバエの人形をいとおしげに眺めているように見えなくもありません。

シーモア・ベンザー(写真/Wikipedia



 2017年度のノーベル生理学・医学賞は、体内時計の分子メカニズムを解明したブランダイス大学教授の遺伝学者であるマイケル・ロスバッシュ、ブランダイス大学の遺伝学者であるジェフリー・ホール、ロックフェラー大学の生物学者であるマイケル・ヤングに与えられました。3人ともアメリカの研究者です。
ノーベル賞メダルのイメージ



 ベンザーがショウジョウバエで見つけた時間感覚に異常を来す遺伝子について、1984年に、ホール・ロスバシュのグループと、ヤングのグループがそれぞれでクローニング(特定のDNA 配列を持つ遺伝子だけを分離すること)に成功しました。
 さらにヤングのグループは、概日リズムを生み出すもう1つの遺伝子、タイムレスを1994年に発見しました。タイムレスによって作られるタンパク質TIMが、ピリオドによって作られるタンパク質PERにくっつき、2つのタンパク質の複合体が、日中に細胞質から核内に入り込んでいることを突き止めました。

 1997年に、アメリカのテキサス大学教授のジョセフ・タカハシは、マウスで第 5 染色体にある時計遺伝子クロックを発見し、そのクローニングに成功しました。
 同年に、埼玉医科大学の池田正明教授が時計遺伝子を発見し、ビーマルワンと命名しました。
 さらに同年、日本(東京大医科学研究所ヒトゲノム解析センターの程肇〈てい・はじめ〉助手と神戸大学医学部の岡村均教授のグループ)とアメリカの 2 つの研究グループが、第 17 染色体にある 時計遺伝子ピリオドをヒトとマウスで発見し、クローニングに成功しています。 
 こうしたことから、1997 年は、時計遺伝子元年ともいわれます。
 1998年には、2種類の時計遺伝子クライが発見され、それぞれクライワンとクライツーと名づけられました。

 なお、ハーバード大学の研究グループが測定した白人の体内時計周期は24時間11分だったと、1999年に発表されています。また、2013年の発表では、国立精神・神経医療研究センターで測定した日本人の体内時計周期は24時間10分だったとのこと。
 ですから、「人間の体内時計の周期は24時間10分前後」というのが、アショフ1人だけの実験から出てきた「人間の体内時計の周期は25時間」よりも信頼できるデータだといえますね。

■主な参考資料
体内時計(たいないどけい)

日本大百科全書(ニッポニカ)


Characterization of photolyase/blue-light receptor homologs in mouse and human cells
https://watermark.silverchair.com/26-22-5086.pdf?token=AQECAHi208BE49Ooan9kkhW_Ercy7Dm3ZL_9Cf3qfKAc485ysgAAA1YwggNSBgkqhkiG9w0BBwagggNDMIIDPwIBADCCAzgGCSqGSIb3DQEHATAeBglghkgBZQMEAS4wEQQM9lkZYKf1s2tAL-5qAgEQgIIDCf962dWA7R4pDv3hHsG85ZnMpYLrjcdLpj5bNrrYT97BZ4C2j4t_u2EHe6_kbku9uGiH-ZFzdOG6I28VWn9zZyGsp0AktozfjCJv0UMnOBVGcT1PehKJZyCnDW7H5AgHYKcaBnBQvijwjWkUyy7XkojAUVB1qT5XowX0B3kGeaF7jI3jeQbD_m1MHR0EZC15wDn1TIF8MXLf1mts5Ahc1tFCGxrhQBGlq3WdykqBk7T_nn3hvJ4LJc1EeuUJ7vKCfOEgQpADCTMBy73u_MzII3oNV4V6sodBnUy_VygPT4oZsvv1YkW8c352PFp65KW--6CetNo7AkQqox5Y_AN29_xQi1U-I9Gw72CvAHCr9xSYHq235ItX7PjfAHtf-86WDBKkLuFBPYhg-8QfL2Eqw-R0Xl_0BnOuHu04RWr7X1rfCGeo0euW4A6o1Mc1Y_rY_YqhZKhDZraHMx9VEJJihmbQv2y0sf2sQZodt-Hbox1EN0nVkJd5efbcDhVI997N9tptIu_eRCvfwP7qC7zHhLJ1rkRx7nhGYxYLS4AZBtGD_kmXOsWwhkF_Fd_PbmyiSkVn6_h_BCFqGxIL0lTpXabLGVWsoaZ4a-tNd2SVHWJjg0Zg88pUuWo6pLa6jvH4FMFvBlkAVmkGipGzRerCgOVSHhErbvSojvRenzsBui0UPrPCg8606xD_dABkVfBDCs72a1coYzRG3tCQvE5bs6NVvM88RQfNMDc6nAI3jnyWsRiVrdDPjaV0xgmXWjj4yhJYt-qkAWdC6q5m9fZtJO9fYfh6wPYoCO7UKFeKcJoJYgKP3pMXKtCYM6I5lipiZIhBB4eR3pFZOk_UIuqzIA65JYOxnPIenWUiEn6CMuP8fl_twZpK5BL-DRNylAE5n2WumhBDT_eIJPgdbMLnb_rRJ7HcQcVufGeusI495TSJJsYSUeLxa_433kXyxhuCkHiTTZLDyCQ6FwwzOxNZbMEHbOje_9qcGzzRWruLoGMt4tYtW7iQGPZ4hYVhiYoTCqPgYuPbOUQPsA

研究室に行ってみた。国立精神・神経医療研究センター 睡眠学 三島和夫

1日は24時間 では日本人の「体内時計」は何時間?

シーモア・ベンザー

社会的ジェットラグと睡眠

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『世界占術大全』 著/アルバート・S・ライオンズ 原書房
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