のどが渇いていなくても水を飲んで「自発的脱水現象」を防ごう
汗をかくことで体温調節をする哺乳類は少数派のようで、人間とウマが挙げられていました。ウシやブタは、発汗では体温調節がうまくできないとのこと。カバは大量に汗をかくものの、体温調節ではなく乾燥予防のためです。
イヌとネコは肉球から汗をかくものの、体温調節のためではありません。
ウサギとネズミ、ゾウについては、汗をかかないのだそうです(ウサギは汗腺が舌にあるとのこと)。
人間の体温を調節しているのは、脳です。視索前野にある体温調節中枢が、深部体温や環境温度の情報を統合します。そして、体温を調節する指令を、視床下部にある自律神経の中枢に出し、自律神経で皮膚や血管、筋肉、汗腺などに指令が伝えられます。
血液は皮膚の下の毛細血管を広げ、皮膚から熱を体の外に放出します。熱い飲み物を飲んだり、お風呂から上がったりしたときに顔が赤くなるのは、皮膚の下に血液が集まって毛細血管が広がっているからです。
汗腺から出る汗は、蒸発する際の気化熱で体温を下げる働きをしています。汗の99%が水で、約1%には塩分(ナトリウムイオン、塩化物〈塩素〉イオン)やカリウム、乳酸、尿素などが含まれています。
汗は、血液の液体成分である血漿から作られています。血漿が血管から染み出して、汗腺に入ります。汗腺でできた汗は、汗管を通って皮膚の表面に出るのですが、汗管では塩分が再吸収されます。そのため、塩分濃度が非常に低くなっているのです。
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汗試験より |
汗を大量にかくということは、血液の液体成分である血漿が減るということ。この状態が、脱水(体内の水分量が不足している状態、水負債、water deficit)です。
血漿は毛細血管から染み出して、細胞と細胞の間を満たす間質液(組織液)、さらに細胞内の細胞内液にもなります。脱水に陥ると、血液で運ばれる酸素や栄養分が細胞にうまく届けられなくなります。
さらに、血液の液体成分である血漿が少なくなると、皮膚の下の毛細血管を押し広げられるほどの量からは不足してしまい、熱が発散できなくなります。
脱水は命の危機につながるため、脳は体内の水分が減り過ぎないように、血液をモニタリングしています。モニタリングに使われているのが、ナトリウム濃度です。ナトリウム濃度が高ければ「水分が不足している!」と判断し、抗利尿ホルモンを分泌して尿として水分が出ていくのを防ぎます。また、「のどが渇いた!」と感じさせて、飲水行動を促します。
ただ、人間の場合、脳がナトリウム濃度をモニタリングしてから飲水行動を促すまでに時間が空いてしまうようです(調節反応の遅延)。飲みたいだけ水を飲む「自由飲水」の場合、発汗量の20~30%程度しか水分を摂取しないため、結果として、体温が上昇しやすいと報告されています。こうした現象は自発的脱水現象(voluntary dehydration)と呼ばれています。
自発的脱水現象を防ぐには、自由飲水ではなく、飲みたくなくても水を飲む「強制飲水」が必要です。暑い日の自発的脱水現象予防に何を飲めばいいのかというと、健康な人は基本的には冷たい水でよさそうです。
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GAHAGより |
ネット上で、「脱水対策で水を飲んではいけない」「経口補水液やスポーツドリンクでなければならない」という論調を散見します。根拠は、低ナトリウム血症を招くということでした。低ナトリウム血症とは、血液のナトリウムイオン濃度が低下して、眠気やだるさ、筋肉のけいれんなどを起こることです。
ただ、そもそも人間の体は、機能維持のために重要なナトリウムイオンを体の外に出さないような仕組みになっています。その一つは先に述べた汗管でのナトリウムイオンの再吸収で、腎臓でも同様のことが行われています。
低ナトリウム血症で起こる熱けいれんが発生する例として、メルクマニュアルには肉体労働者・軍隊の訓練生・アスリートが挙げられていました。マラソンでは熱けいれんが起こるケースが多いと報告されていて、「あまりにも大量に汗をかき、長時間、水しか飲めなかった」という限られた場合という印象です。
また、激しい下痢や嘔吐、重度のやけど、それから水中毒で低ナトリウム血症は起こりますが、健康な成人が暑い環境で過ごしたケースとは大きく異なります。
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低ナトリウム血症~その病態に基づいた鑑別診断~より |
日本人は塩分過多が問題視されてきたにもかかわらず、脱水対策や熱中症予防で塩分・糖質の入った飲料を取り続けるのを推奨するのはどうなのだろうかと疑問になるわけです。また、健康な人が軽度の脱水でも「水を飲んではいけない」と思い込んでいると、手元に水や麦茶があっても飲まない可能性が出てくるため、逆に危険ではないでしょうか。
また、「暑い日でも白湯(さゆ)を飲むようにして、冷たい水は避けたほうがよい」という論調もありますが、体内の熱を上げ過ぎないという観点ならば、冷たい水をおいしく飲むほうが適切ということになります。
■主な参考資料
第2回:熱中症と腎臓病① ~熱中症とはなんぞや?~
第3回:熱中症と腎臓病② ~塩分補給はどうすればよい?~
第8回:熱中症と腎臓病③ ~水分補給はどうすればよい?~
小・中学生における夏期スポーツ活動時の水負債について
ヒトの場合、随意水分補給時には(飲みたいだけ飲む自由飲水の場合)、発汗による脱水の30%程度しかすぐに水分を摂取せず、その結果体温が上昇しやすくなることが報告されている。一般に、水負債を補うのは口渇による飲水行動である。ロバや犬などは温熱ストレス時の脱水後に水が与えられると脱水量分の水分量を摂取し、即座に水負債を0にすることが知られている。ところがヒトでは発汗量分を直ちに補わない。この現象を自発的脱水現象(voluntarydehydration)と呼び、古典的資料に記されている。
熱痙攣は,体力のある人が汗を多量にかき,喪失した水分を補充するが塩分を補充せず,それにより低ナトリウム血症を起こしている場合に生じることがある。熱痙攣は以下の人に多くみられる:肉体労働者(例,機関室要員,製鋼所工員,屋根職人,鉱山労働者)軍隊の訓練生アスリート
低ナトリウム血症
腎外性の水分喪失(長引く嘔吐,重度の下痢,またはサードスペースへの体液の隔絶[体液の組成の表を参照]などでナトリウムを含む液体を喪失することによって生じる)は,低ナトリウム血症を引き起こすことがあるが,これは一般に真水もしくは低ナトリウム飲料水の摂取(ナトリウムの概算含有量の表を参照)または低張液輸液による補充が行われた場合に発生する
※「サードスペースへの体液の隔絶」とは、いわゆるむくみで、手術や外傷などによって、血管内の水分が間質や体腔などのサードスペースに移動すること。細胞内がファーストスペース、血管内がセカンドスペース。
汗は、主に交感神経の刺激により、等張のprimary sweatとして汗腺(エクリン腺) の分泌コイルから分泌されます。このprimary sweatが汗腺の導管(汗管:sweat duct)を通過する間に、汗管の上皮細胞を介してCl-とNa+が再吸収されますが、水は再吸収されません。 そのため、正常人の汗は低張(低浸透圧)でCl-濃度は30 mM以下となります。これは、発汗量が多い時にも、塩分を失わないようにする重要な機能です。
体温調節の中枢機構
学研キッズネット
動物たちの暑さ対策
平成31年度熱中症対策シンポジウム 井上動物病院
いくつかの哺乳類種の熱と脱水に対する耐性
発汗時の水分塩分摂取と体液組成の変化
発汗時には,一般に強い口渇は起らず,自発的な脱水の生じることが,Adolphら1)および伊藤ら2)によって報告されている。この自発的脱水の程度は発汗量が多いほど大きく,水分摂取量が発汗量の20%にも満たない例が報告されている。発汗経過中には,血液組成よりも低張な汗が分泌される。その際には,NaClが再吸収され,体内のNaCl濃度が上昇するが,この上昇に対する調節反応の遅延が生じるわけである。実験は1980年8月および9月に,8名の健康成人男子(21~28歳)について,それぞれ3条件下に実験を行った。なお同一被験者に関しては,少なくとも1週間の間隔をおき,前実験の影響を除外した。対照として全く水分を摂取しない場合(脱水実験),発汗および回復経過中に水(水道水)を自由に摂取する場合(水摂取実験),およびスポーツ飲料を自由に摂取する場合(G-E摂取実験)の3条件下で行った。すなわち冷水を摂取した場合には,これだけでも体温の冷却効果があり,運動による体温上昇の抑制,従って発汗量の低下などの利点があり,その結果,発汗中における自発的脱水の程度には,水摂取とG-E溶液摂取の間に差は認められず,G-E溶液を用いることによって自発的脱水の機序に影響はないものと考えられる。しかし発汗後の3時間の回復期をも含めて比較する場合には,G-E溶液の場合に,自発的脱水の程度が有意に小さくなった。これには,冷されたG-E溶液の与える清涼感も関与していることが考えられる。1.スポーツ飲料(グルコース電解質混合溶液―G-E溶液)摂取による,発汗時体液量および体液組成変化を検討するとともに,発汗時の自発的脱水の発生機序に検討を加える目的で発汗負荷実験を行った。実験には8名の被験者を用いて,それぞれ水分を全く与えない条件,水を自由に摂取させる場合,およびG-E溶液を自由に与える場合の3条件下で,高温環境(36℃,70%R.H.)発汗時の水分塩分摂取と体液組成の変化(39)下にて運動負荷を加え,水分バランスおよび血液性状の測定を行った。2.いずれの条件下にいても,2時間の発汗負荷により約1.6kgの体重減少を来したが,発汗直後における血液性状に関しては,ほとんど有意の差は認められなかった。自発的脱水の程度に関しても,発汗中では水およびG-E溶液摂取による差は認められなかった。しかし3時間の回復期間をも含めて比較すると,水負債は脱水実験で体重の3.4%,水摂取実験で2.0%,G-E摂取実験で1.3%となり,脱水実験に比して他の2条件下に有意差が認められた。3.水分喪失の体内分布は,発汗直後ではいずれの条件下でもほぼ血漿25%,間質液45%,細胞内液30%である。その後の3時間において,血漿量はいずれの条件下でも回復する。間質液量は脱水群ではさらに減少するが,他の条件下ではほぼ同じである。しかし細胞内液量は脱水群ではさらに減少し,水およびG-E溶液を摂取すると回復を示し,特に後者では回復が著しい。4.これらの結果に基いて,自発的脱水の機序について検討を加えた
自発的脱水とは?
水を飲むだけでは回復できない!?水を飲んでも身体の水分(体液)が十分には回復しない!?自発的脱水とは…身体に水分を補給するときに、水だけをとると逆効果になる場合があります。水だけを飲み続けると、体液の濃度を一定に保とうとする身体の働きによって、過剰な水を尿として身体の外へ出してしまいます。そのため、身体の水分の量が十分に回復できない現象(自発的脱水)が起こるのです。同時に、体液の濃度をこれ以上薄まらないようにするために、脱水から回復していないのにのどの渇きがおさまり、水分不足を自覚できなくなる危険もあります。
→「水だけを飲み続けると、体液の濃度を一定に保とうとする身体の働きによって、過剰な水を尿として身体の外へ出してしまいます」については、ほかの論文とは異なるため、自発的脱水の説明としてはちょっとどうかと……
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