子どもと学ぶ「法律って何なんでしょうね」

 平穏に生活を送っているときは、法律についてまったく意識することはないでしょう。しかし、ひとたび事故が起こると、避けては通れないのが法律の問題。悲しいことですが、幼い子どもでも事故の被害者になったり加害者になったりします。

 小学校高学年になれば、「これはぼくが悪いのかな」「私は謝ったのに、大人たちがモメているな」などと、なんとなくの状況がわかるでしょう。事故の処理をするのは、保護者の責任。子どもは何も心配をする必要はありません。

 ただ、子どもにとって事故が身近に感じられる機会があったら、法律について少し知らせておいたほうがいいのかもしれません。

 作文教室では、次のような教材を作成しました。

■サッカーで、キーパー以外にボールを持ってはいけないのは、なぜ?

 サッカーをするときに、サッカーコートの中で、キーパー以外の人がボールを持ってはいけないと知っていますよね。
 どうしてキーパー以外の人がボールを持ってはいけないのでしょうか。
 ちょっと考えてみましょう。


イラスト/ジャパクリック

 サッカーの試合中に、私が突然ボールを持って走り出したら、どう思いますか。
 「ズルだよ」「そんなのサッカーじゃない」と、みんなはきっと文句を言います。

 それに対し私が「だって、ボールを蹴るよりも、手で持って走ったほうが速いじゃない」と言い返したとします。
 すると、「ボールを手で持って走りたいなら、ラグビーをやりなよ」と私はみんなから追い払われるでしょう。

 理由は、サッカーのルールを守らない人と一緒に試合をすると、ゲームがつまらなくなること。「ボールを蹴ってゴールを狙いましょう」というルールがあるからサッカーはおもしろいので、キーパー以外の人がボールを持ってはいけないのです。

 サッカーに限らず、スポーツにはルールがあります。
 野球でも、ピッチャーが4回ボールを投げたらフォアボールでバッターは出塁します。
 バッターが失礼な人間だからとピッチャーがわざとボールを投げつけたら、即、退場です。

 何球でもストライクを外していいのなら、野球のゲームが進まなくなります。そして、他人にボールを投げつけるのは、危険。試合をできるだけスムーズに、楽しく進めていくために、そして選手の安全を守るために、ルールが作られたのでしょう。



■1人でボールを蹴っているときに、ルールは必要?

 話をまたサッカーに戻しましょう。
 例えば一人で壁打ちをしているときに、サッカーのルールは必要でしょうか。

 壁に向かってバンバンとボールを蹴り込んで、球が高く返ってきたときは手でボールをキャッチしても、問題ないですよね。自分一人でやっているのですから。
 友達とパス練習をしているときも、あまりルールは必要ないでしょうね。

 しかし、数人が集まって「3対3でゲームをしよう」という話になったら、ルールが必要です。11対11のゲームでは、ルールを知らない人は参加すらさせてもらえないでしょう。

 そう考えると、1人や2人ぐらいだとルールはいらないけど、人数が増えてくればルールが大事になりませんか。



■法律は、たくさんの人が日々の生活をできるだけ安全に、楽しく、スムーズに送るために私たち人間が作ったもの

 私たちの生活にも目を向けて、自動車で考えてみましょう。

 この世界にたった1人の人間とたった1台の自動車しか存在しなければ、道の右側を走ろうが左側を走ろうが、差はまったくありません。完全に自由で、やりたい放題。

 それでは、私たちが住む町で、自分の好き勝手に自動車を運転したら、何が起こるでしょうか。
 以前、学校近くのパン屋さんのところの狭い交差点で、立往生をしている軽自動車を私は数回見たことがあります。その車は方向転換をするために、何度も前進とバックを繰り返していました。人通りが多いし、「危ないな」と身の危険を感じました。当然、周辺道路の混雑を引き起こしていました。

 軽自動車の運転手は「道を間違ったから、ここでUターンしよう」と自分の都合で行動したのでしょう。
 このように、1人の運転手が思いどおりに運転することで、ほかの多くの運転手や通行人に迷惑をかけるわけです。
イラスト/ジャパクリック



 日本には1億2400万人ものたくさんの人がひしめき合って暮らしているのです。
 「自動車は道路の左側を走る」「標識を守る」というルールは、車同士の衝突を避け、たくさんの人が安全に、が楽しく、安全に車を運転するために作られました。ルールを作ったのは、私たち人間です。



■いちばん古い法律は、約4千年前に作られた

 法律をまとめたものを法典といいます。
 世界でいちばん最初に作られたのは「ウル・ナンム法典」で、紀元前2095年頃に書かれたのだそうです(正しくは「粘土板に記された」)。
 その次に古いのが「ハンムラビ法典」。

 こうした法典についてさまざまな意見があります。
 その内の一つで、「相手にやられたら、やられた以上に仕返しをしてしまい、どんどんエスカレートをする。それを止めるために法律を作った」というものがあります。
 兄妹ゲンカでも、お兄ちゃんに1発殴られたから、妹が2発殴り返し、お兄ちゃんが3発殴り返したから、妹が1回蹴りを入れ……という感じで、大ゲンカになりがちですよね。そのために、肝心の宿題をできていないことがたくさんあります。

 4千年以上も前に生活していた人も、兄妹ゲンカのようなことで、もめ事を大きくしていたのです。そして、肝心の仕事が進まないから、仕返し合戦を止めるために法律を作ったのでしょう。



■ケンカの被害者と加害者を、ケンカしている本人たちでは決められない

 兄妹ゲンカの直後、たいていは「お兄ちゃんのせい、だって○○したから」「違うよ、妹のせいだよ」と相手に責任があるように言い合いますよね。
 兄妹ゲンカに限らず大人同士のもめ事も、自分は被害者・相手は加害者と主張することがほとんど。自分たちでは、被害者か加害者かを決められないことのほうが多いのです。

 一つ、注意したいのは、ケガをしたり損をしたりしたのが自分でも、加害者、つまりケンカやもめ事の責任が大きい場合があるということ。
 兄が悪ふざけをして、妹に飛び掛かったとしましょう。妹がたまたまそのときに鉛筆を持っていて、飛び掛かってきた兄の体に刺さったとします。このとき、兄のほうがケガをしたのですが、自分から飛び掛かっていったので、この事故の加害者でもあるのです。ですから、ケガをする・物が壊れるといった損をしても、責任が小さいわけではありません。

 妹の立場でいえば、飛び掛かってきた兄が痛がっていたとしても、「私のせいかな」「私が悪いのかな」と必要以上に罪悪感を負わなくていいのです。ケガをしてかわいそうという気持ちを抱いたり、「痛かった? ごめんね」と言ったりしたとしても、そもそものケガの原因を作ったのは兄と割り切ればいいでしょう。
 ケガの責任については兄妹ではなく、お父さんとお母さんが判断します。

 これが大人同士の場合だったら、ケンカや悪ふざけとは関係ない、別の大人が法律を参考にして判断することがほとんどです。
 この「別の大人」というのは、スポーツの場合だと審判なのです。
イラスト/ジャパクリック





■法律を大切にする意味

 最初の話に戻りましょう。
 サッカーの試合で私がボールを手に持って走り、「私はボールを手で持ちたいんだ」と言い張ったら、みんなから「ラグビーをしなよ」と追い払われると述べました。
 ルールを知らずに試合に参加する、またはルールを無視して無理に試合に入ろうとすると、審判からレッドカードを出されて退場です。
 ルールを知らなければ、みんなと一緒に楽しくサッカーで遊べず、私は寂しい思いをするのです。

 法律もサッカーのルールと似ています。
 仕事をしたり遊んだりして、みんなと安全に、楽しく過ごすために、法律を知っておくことが大切なのです。

 法律をすべて覚える必要はないし、覚えなくても生活はできます。しかし、事故などが起きたときには、法律をもとに責任が問われます。「そんな法律、私は知らなかったから関係ない」「こちらはケガをしたんだから、被害者は私だ」と言い張っていたら、みんなと安全に、楽しく過ごせなくなるでしょう。

 自分の感情や損したことよりも法律を大切にしてほしいと思っています。

 同時に、相手がなにか強く主張してくると不安になるかもしれませんが、言いなりになってはいけません。このときも法律を大切にしてください。

 自分が普段から法律を守っていると、事故などが起こったときに、法律から自分が守られるのです。

Powered by Blogger.