仕事は自己実現とは一切関係のない存在だから、「休まず、遅れず、働き過ぎず」をモットーに 『最強の働き方』

 私たちが自分の適性や能力を使って、社会に貢献していることが「仕事」であるのなら、仕事ができること自体が喜びであるはずです。
 しかし、世の中を見渡すと、仕事で苦しみ、不安を抱えることも多いのではないでしょうか。

 『最強の働き方』に限らず、佐藤優さんの著書に共通するのは『資本論』がベースになっているということ。

 冒頭の仕事を「労働」と呼ぶのであれば、「労働力」と分けて考えたほうがよさそうです。仕事(労働)で私たちはお金(賃金、報酬)を得ているのですが、お金と引き換えにしているのは「労働力」。労働力とは、時間と、つまりは人生の一部も言い換えられるでしょう。

労働力(人生の一部)⇔お金(賃金、報酬)


 『資本論』では、「労働力の商品化」という概念で話が進められます。私たちの労働力を商品に替えるのですが、その対価である賃金や報酬よりも多くの価値を、労働は生み出しています。

 

 例えば、資本家(企業)が私たちを時給1000円で雇っていたら、企業は絶対1000円以上儲けているます。その儲けは、資本家(企業)だと「利潤」で、私たちにとっては「搾取」です。

 「価値-お金(賃金、報酬)=剰余価値=利潤=搾取」で、この剰余価値を資本家(企業)は搾取しています。

労働力が生み出した価値-お金(賃金、報酬)=剰余価値=利潤=搾取

 資本主義社会では、「搾取」は合法。「搾取=汚い、ずるい」ではなく、搾取がなければ資本家(企業)が経営(拡大再生産)を継続できないので、資本主義社会が成り立たなくなってしまうのです。

 また、資本家(企業)と私たちの間では、自由で平等な雇用契約が結ばれています。その契約の中には、すでに搾取という仕組みが埋め込まれています。

 汚くずるい行為は、搾取ではなく収奪。「金を出さないと殴る」といった暴力によるもので、これは違法行為です。


 ここまでをまとめると、私たちが生活している資本主義社会で「仕事をする」ということは、人生の一部をお金と引き換えにして価値を生み出しているのですが、人生の一部=お金(賃金、報酬など)というイコール関係ではありません。なぜなら、必ず搾取されているからです。

人生の一部=お金(賃金、報酬など)+搾取(剰余価値、資本家の利潤)


 私たちには、仕事をする能力があります。しかし、生産手段がないため、雇用や業務委託をされないと仕事はできません。
 例えば私はフリーランスの編集者で、雑誌や書籍を編集する能力はあります。しかし、私がただ書籍を作っても書店などに流通させる手段などを持っていません。
 ですから、能力や適性があったとしても、業務委託されなければ報酬は得られないのです。
 これは、会社員の編集者だったとしても変わりません。


 雇用・業務委託をされたら、資本家(企業)の指示に従って働くのだから、実は私たちは労働の主体ではないのです。

 「私はこの仕事がしたい」「仕事で自己実現をする」といっても、私たちは労働の主体ではないので、自己実現できません。自己実現をするのは資本家(企業)。

 そう考えると、仕事というものは、自己実現、あるいは「生きがい」「やりがい」とは一切関係のない存在になります。

 ですから、仕事に将来性がなく、ボロ雑巾のように働かされているのに「やりがいを感じています!」という状況は、危険。資本家や上司など、誰かにだまされているわけです。


 そんな資本主義社会の仕組みを考えたら、私たちは働き過ぎてはいけないのです。

 それに、私たちの自己実現と仕事は一切関係はないので、仕事、特に職業の選択に、自己実現を絡めないほうがよいということになります。


 資本家(企業)は、私たちの労働力を効率的に使って、利潤を増大させようとします。しかし、私たちが病気になったり死んだりしたら労働力を使えなくなるので、そのバランスを見極めながら働かせるわけです。

 佐藤氏の指摘では、私たちをギリギリに追い込むのは、非正規雇用という働き方。正規雇用の場合、病気になったり死んだりしないように福利厚生にも気遣いがあるのですが、非正規雇用だとそれが一切ないのです。

 私自身は会社員からフリーランスになったのですが、いかに正規雇用の会社員が手厚く保護されていたのかを実感しています。ですから、会社は辞めないほうがよいと、周囲には伝えていました。

 佐藤氏によれば、 転職をした場合は賃金が3割下がり、2回転職すると半分になるだけでなく、額面上の給料は変わらなくても労働強度が強まるのだそうです。

 ということは、何とか知恵を使って、嫌がらせなどを受けても、会社を辞めないようにする必要がありそうです。会社で役立たずと評価されても、見えない形で誰かの役に立っている可能性があるので、それを理由に辞めないほうがいいわけですね。


 「資格を取って独立」「脱社畜」などとネットで喧伝されていますが、食えない資格がたくさん存在します。

 佐藤氏が食えない資格として挙げていたのは、弁護士と公認会計士、臨床心理士。
 ちなみに、税理士の仕事はなくならないのだそうです。税金は機械的に処理するのではなく、人間の判断が必要とされるからのようです。

 また、フリーランスでほとんどの人が食えない職業。シナリオライターやWebデザイナー、システムエンジニア。そして私のような編集者とライター。


 そして歴史を振り返ると、一部の資本家(企業)はどんどん大きくなっていき、私たち労働者との格差は拡大しているとのことです。


 また、資本主義社会で、国家の間の格差も拡大し、結果として戦争が起こっています。


 例えば、第二次世界大戦のヨーロッパ。

 イタリア型ファシズムは、国家が介入して、資本家(企業)の利潤を社会的弱者に再分配するという考え方だったそうです。さらに、戦争で外国を侵略し、そこから収奪した富で自国民を豊かにするという仕組みとのこと。

 フランスの経済学者トマ・ピケティは『21世紀の資本』(みすず書房)で、国家が介入して富裕層から税をより多く取り立て、社会的再分配を実現することを主張し、この主張はファシズムとの親和性が高いと佐藤氏は指摘します。私は『21世紀の資本』を読んでいないために、この点はわかりません。

 ですから、この話はひとまず置いておいて、自分たちを格差の少ない社会に身を置くには、働き過ぎて搾取され過ぎてはいけないのですね。

 佐藤氏が警告しているのは、私たちが資本主義社会に身を置き、その考え方が強く染みついているために、人生のすべてを資本主義的な考え方で判断しがちであること。
 早い、安い、うまいと効率的なのか、お得なのかといった観点で、友人関係や家族関係もとらえてしまっている可能性があるわけですね。

 「休まず、遅れず、働き過ぎず」を心がけて、ときどき、自分の行動があまりも資本主義的になり過ぎていないか、立ち止まって考えたほうがよさそうです。


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