自分ペースで、30歳で成人することを目指す
私は大学を卒業した後、22歳で就職しました。今の私はえらそうに振る舞っていますが、当時はまったく仕事ができませんでした。
配属された雑誌編集部で、新人は私1人。
周囲の人がさっさと帰っているのに、深夜になっても私だけ作業が終わりません。夕食も取らずにずっと残業して、がんばってはいるものの、どうしても仕事が片づかなかったのです。このような状況が3~4年続いたのではないでしょうか。
しかし、プライドだけは高くて、企画会議などでは意見を出していたと思います。それに対して「全然、わかってないな~」というようなことを周囲からよく言われていました。
私はどこがわかっていないのか、何をすればいいのかを、細かくアドバイスしてくれる人はいません。当たり前のことで、全員、自分の仕事や生活で精いっぱい。新人だからという理由で特別に目をかける余裕はないのです。
そのような経験をしているので、あるニュースが少し気になりました。軽度の障害を持つ18歳の男の子が、高校卒業後、就職してから50日目で出勤途中に飛び込み自殺をしたのだそうです。
男の子が仕事の手順をメモしていたノートには「バカは、バカなりに努力しろ。」と記されていたとのこと。
このニュースに対して、世間ではさまざまな反応があるようです。
私は自分の経験から、社会に出て2カ月もたたない18歳の男の子が、仕事ができないのは当然のことと思います。
高卒だろうと大卒だろうと、障害があろうとなかろうと、「新人」とは作業の手順を覚えられず、モタモタして周囲に迷惑をかける存在なのです。
こうした未熟さを「バカ」と表現する人もいるでしょう。新人時代の私は頭ごなしに「バカ」とは言われなかったものの、同意語はしょっちゅう聞いていました。
仕事で未熟である以上は、一緒に働く人に迷惑をかけたり、相手をいらだたせたりして、厳しい言葉をかけられるものではないでしょうか。
そんな新人時代を過ごした私は、30歳ぐらいまで劣等感の塊でした。
後で入社した同世代の編集者と自分を比べて、「私だけ企画が通らない」「そもそも文才がない」「コネクションが作れない」と悶々としていました。
しかし、やはりプライドだけは高くて、劣等感は隠すのです。酒に逃げていたところもあって、酔っぱらっては周囲を攻撃して、きっと困った存在でした。
劣等感がある自分も嫌、酔ってごまかそうとする自分も嫌、そんな自分を周囲に知られるのも嫌。
嫌、嫌、嫌の連発でしたが、当時の私は若くてプライドが高く、編集者という仕事に就いていたので、誰も私が劣等感の塊とは気づかなかったようです。
多くの人が、劣等感などマイナスの感情を隠して生活しています。一見、自信に満ちあふれていても、心の中はドロドロ。
そんな人たちばかりで、障害があろうとなかろうと、私たちはそれぞれに苦しみや悲しみ、つらさを抱えている生きているのです。
「バカ」などの暴言を連発する人が精神的に未熟なだけで、言われた側の障害の有無は関係ありません。
精神的に未熟な人は、立場が強い相手には下手に出て、立場が弱い相手に暴言を吐く、ただそれだけです。
職場でパワハラを受けたという話はよく聞きます。
大人になると人間の性質は簡単に変えられないので、パワハラがある職場では異動を含め上司を辞めさせるか、自分が辞めるかのどちらかの選択しかないでしょう。
配属された雑誌編集部で、新人は私1人。
周囲の人がさっさと帰っているのに、深夜になっても私だけ作業が終わりません。夕食も取らずにずっと残業して、がんばってはいるものの、どうしても仕事が片づかなかったのです。このような状況が3~4年続いたのではないでしょうか。
しかし、プライドだけは高くて、企画会議などでは意見を出していたと思います。それに対して「全然、わかってないな~」というようなことを周囲からよく言われていました。
私はどこがわかっていないのか、何をすればいいのかを、細かくアドバイスしてくれる人はいません。当たり前のことで、全員、自分の仕事や生活で精いっぱい。新人だからという理由で特別に目をかける余裕はないのです。
そのような経験をしているので、あるニュースが少し気になりました。軽度の障害を持つ18歳の男の子が、高校卒業後、就職してから50日目で出勤途中に飛び込み自殺をしたのだそうです。
男の子が仕事の手順をメモしていたノートには「バカは、バカなりに努力しろ。」と記されていたとのこと。
このニュースに対して、世間ではさまざまな反応があるようです。
私は自分の経験から、社会に出て2カ月もたたない18歳の男の子が、仕事ができないのは当然のことと思います。
高卒だろうと大卒だろうと、障害があろうとなかろうと、「新人」とは作業の手順を覚えられず、モタモタして周囲に迷惑をかける存在なのです。
こうした未熟さを「バカ」と表現する人もいるでしょう。新人時代の私は頭ごなしに「バカ」とは言われなかったものの、同意語はしょっちゅう聞いていました。
仕事で未熟である以上は、一緒に働く人に迷惑をかけたり、相手をいらだたせたりして、厳しい言葉をかけられるものではないでしょうか。
そんな新人時代を過ごした私は、30歳ぐらいまで劣等感の塊でした。
後で入社した同世代の編集者と自分を比べて、「私だけ企画が通らない」「そもそも文才がない」「コネクションが作れない」と悶々としていました。
しかし、やはりプライドだけは高くて、劣等感は隠すのです。酒に逃げていたところもあって、酔っぱらっては周囲を攻撃して、きっと困った存在でした。
劣等感がある自分も嫌、酔ってごまかそうとする自分も嫌、そんな自分を周囲に知られるのも嫌。
嫌、嫌、嫌の連発でしたが、当時の私は若くてプライドが高く、編集者という仕事に就いていたので、誰も私が劣等感の塊とは気づかなかったようです。
多くの人が、劣等感などマイナスの感情を隠して生活しています。一見、自信に満ちあふれていても、心の中はドロドロ。
そんな人たちばかりで、障害があろうとなかろうと、私たちはそれぞれに苦しみや悲しみ、つらさを抱えている生きているのです。
「バカ」などの暴言を連発する人が精神的に未熟なだけで、言われた側の障害の有無は関係ありません。
精神的に未熟な人は、立場が強い相手には下手に出て、立場が弱い相手に暴言を吐く、ただそれだけです。
職場でパワハラを受けたという話はよく聞きます。
大人になると人間の性質は簡単に変えられないので、パワハラがある職場では異動を含め上司を辞めさせるか、自分が辞めるかのどちらかの選択しかないでしょう。
ここまで長々と書きましたが、私が伝えたいのは、障害を抱えている人が何かトラブルに遭ったときに「障害のせいだ」と決めつけないほうがいいということ。
障害のせいにしてしまうと、受け入れない周囲の人が悪い、理解しない社会が悪いという論調になりがちです。
繰り返しますが、周囲の人も自分の生活で精いっぱいなのです。そして精神的に未熟な人も珍しくありません。
そんな社会の中で、どうやってそれぞれが自分らしく暮らしていくかを考えられればいいですね。
18歳の男の子については、もしも工場の生産ラインで働いていたのなら、仕事内容が彼にまったく合っていなかったのかもしれません。
適性や能力を無視した仕事は、苦痛以外の何物でもないでしょう。
障害のせいにしてしまうと、受け入れない周囲の人が悪い、理解しない社会が悪いという論調になりがちです。
繰り返しますが、周囲の人も自分の生活で精いっぱいなのです。そして精神的に未熟な人も珍しくありません。
そんな社会の中で、どうやってそれぞれが自分らしく暮らしていくかを考えられればいいですね。
18歳の男の子については、もしも工場の生産ラインで働いていたのなら、仕事内容が彼にまったく合っていなかったのかもしれません。
適性や能力を無視した仕事は、苦痛以外の何物でもないでしょう。
そしてもう一点。社会人になるのが早すぎたのではないかと思います。
私たちはそれぞれに心身の成長するスピードが異なります。学習面については、飛び級する子どももいれば授業についていけない子どももいます。
子どもたちは身長が高くなり、外見的に大人びてきて、いろいろと難しい言葉を使うようになってきますが、論理的思考ができるかどうかとなると別です。
社会に出て、世代や人生経験などが異なる人たちとコミュニケーションを取るには、自分の思いを言葉にして筋道を立てて伝える必要があります。
論理的思考については個人差が大きく、18歳でできるようになる人もいれば、30歳でやっとという人もいるでしょう。
村上春樹氏が唱えている「30歳成人説」。
私も自分の人生を振り返ると、論理的に考えられるようになって、マグマのような劣等感とも折り合いをつけられたのは30歳の頃だったと思います。
学習障害を抱えている子どもについては、教育機関などで論理的な思考を学び続け、さらにバイトや地域活動などで少しずつ社会経験を積むという小さなステップを踏んだほうがスムーズに社会人になれるのではないでしょうか。
成人年齢を18歳に引き下げられましたが、それはそれとして、子どもたちには自分のペースで社会人として独り立ちして、劣等感や「バカ」と言われたことも一つのステップとして捉えらるようになったらいいなと思います。
私たちはそれぞれに心身の成長するスピードが異なります。学習面については、飛び級する子どももいれば授業についていけない子どももいます。
子どもたちは身長が高くなり、外見的に大人びてきて、いろいろと難しい言葉を使うようになってきますが、論理的思考ができるかどうかとなると別です。
社会に出て、世代や人生経験などが異なる人たちとコミュニケーションを取るには、自分の思いを言葉にして筋道を立てて伝える必要があります。
論理的思考については個人差が大きく、18歳でできるようになる人もいれば、30歳でやっとという人もいるでしょう。
村上春樹氏が唱えている「30歳成人説」。
私も自分の人生を振り返ると、論理的に考えられるようになって、マグマのような劣等感とも折り合いをつけられたのは30歳の頃だったと思います。
学習障害を抱えている子どもについては、教育機関などで論理的な思考を学び続け、さらにバイトや地域活動などで少しずつ社会経験を積むという小さなステップを踏んだほうがスムーズに社会人になれるのではないでしょうか。
成人年齢を18歳に引き下げられましたが、それはそれとして、子どもたちには自分のペースで社会人として独り立ちして、劣等感や「バカ」と言われたことも一つのステップとして捉えらるようになったらいいなと思います。

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