中間的な立場のジレンマ
○暴言・マジギレ上等、高学歴モンスターの正体
最初は暴言の激しさに震え上がったのですが、「彼女と似ているところが、私にはないだろうか」と思い始めているのです。
もちろん、私自身は彼女のように学歴もキャリアもすばらしい人間ではありません。暴言についても、「このハゲー!」「鉄パイプでお前の頭を砕いてやろうか!」と私は言ったことがありません。しかし「ち~が~う~だ~ろぉぉおお!」は、可能性アリかと……
編集者時代の私に役職はありませんでしたが、編集長という上の立場の人間と、新しく入ってきた編集部員との間にいました。21年も同じ職に就いていたわけですから、原稿整理のやり方、表記の統一などについてはベテランです。そのせいでしょうか、新しく入ってきた人のゲラを読んで、「はぁ? 楽しようとして手を抜いていない??」と感じたことはありました。「表記の統一なんて、目を皿のようにして行えば小学生でもできるじゃないの!」などなど、気に障る点が多々出てくるのです。
原稿の質といった最終的な責任は編集長が取るもの。「回し読み」という作業には編集部員同士でゲラをチェックし合うという建て前はありますが、私はただの平社員。細かくチェックしたからといって給料が上がるわけでもないし、口うるさくて嫌われるのは損……と頭では思ってはいるのですが、口からは「この原稿はコピペでしょ?」と言葉が出てくるわけです。

女性の国会議員についても、上と下に挟まれた中間的な立場にいたと言えるのではないでしょうか。秘書という部下はいますが、議員のトップには党の総裁がいたわけです。責任はすべてトップに押し付けて、ニコニコと上手に立ち回れば、今のようにマスコミからたたかれることもなかったでしょう。
しかし、彼女はできませんでした。おそらく、彼女なりに死に物狂いでがんばってきた経験と、上の立場の人間に対して尋常じゃないほど気を遣ってきた経験があったから。周囲の人間が手を抜いたり、努力を怠ったりしているようにしか見えなかったのではないでしょうか。
「なぜ私のようにがんばれないのか」「なぜ気を遣えないのか」「なぜ!」「なぜ!」「なぜ!」と、いら立ちを募らせていったのでしょうね。
若いときよりも、細かいところまで気がついてしまう。
プライドだけは高く、失敗はしたくない。
責任を取る立場でもないのに、余計な責任感をついつい抱いてしまう。
ただし、組織の中ではその他大勢の平社員的な立場に過ぎない。
秘書、その他の国会議員、支援者などの間で、そんなジレンマを女性の国会議員は抱いていたのかもしれません。「ち~が~う~だ~ろぉぉおお!」と当の本人から言われそうですが。

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