「健康であるべき」という目標を捨てて「不健康だけど支え合って、なんとか生きていく」と思いたいですね

 今日、高齢の女性が2人で話している内容が、散歩中の私の耳に入ってきました。
 「やっぱり健康よね」
 「そうよ、寝たきりになると、みんなに迷惑かけちゃうじゃない」

 よくある会話なのですが、一歩間違えると『姥捨て山』。
 不健康だと社会のお荷物だからと肩身が狭くなってしまうのは、それこそ「不健康な社会」かもしれません。

 相馬中央病院内科の森田知宏(もりた・ともひろ)医師は<高齢社会で「健康」をおしつける危うさ>という文章を医療ガバナンス学会に寄せていました。

〇高齢社会で「健康」をおしつける危うさ
http://medg.jp/mt/?p=8849

 「もの盗られ妄想」のある認知症の人が、「お金を盗まれた」と騒ぐので、コミュニティにストレスをかけ、結局はコミュニティから出ていくことになったという話題。
 ここから、「健康であること」を共通価値とする危なさについて森田医師は語っていました。

 「健康でありたい」
 「若い頃のままの自分でありたい」

 これは多くの人に共通する願いです。
 しかし、ここで語る必要もありませんが、私たちは日々老いて、病気にかかる頻度も高くなっていき、やがては死にます。

 日本の高齢化がますます進めば、国民のほとんどがなんらかの病気を持っているのは、ある意味、避けられないことではないでしょうか。
 周囲にまったく迷惑をかけずに生きるということが現実的とは思えません。

 もちろん、健康は大切。
 ただ、ちょっと過敏になりすぎていませんか。

 健康のために、安くもおいしくもない健康食品を取り、楽しくない運動を義務感から行う。
 つまらない脳トレが日課。
 健康によくないとされる習慣を持つ人を、ちょっと軽蔑する。
 体から徹底的に病気を排除したいといわんばかりに、何度も病院にかかる。

 こうした人に、少なからず会ってきました。
 見た目ははつらつしていても、なんだか病気にひどくおびえている印象。
 自分も周囲の人も息苦しい生活を送っているのではないかと、ちょっと思った次第です。

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