「あれはトンデモ療法」「これが正しい」という決めつけは、医師として極端な態度ではないでしょうか
紀元前4世紀頃に活躍したヒポクラテスの著書『流行病』第3巻には、産褥熱についての記述があるようです。産褥熱で「産後3日目に悪寒を伴う高熱があり80日目に死亡した」とのこと。
産褥熱などの病気はミアズマ(瘴気)により発生すると考えられていたようです。
※ 産褥熱(さんじょくねつ)とは、分娩のときなどに生じた傷から、細菌に感染して起こる発熱
「昔は出産施設が病院ではなかったから産褥熱が発生した」とつい考えてしまいますが、実際はそうではないようです。
名古屋大学の青木國雄名誉教授は、「助産婦が中心だった出産では、母子ともに事故は少なくなかったが、産褥熱は少なかった」と書いています。
17世紀頃のヨーロッパで、出産は自宅より設備と医師のいる産院が安全という風潮が生まれ、施設出産が増えるに伴って産褥熱が増加し始めていたのだそうです。その理由は、当時の医師は死体の解剖などを行った後に徹底的な手洗いを行っていなかったこと。助産婦は解剖を行わないので、病原体を運ぶことは少なかったわけです。
理由を発見したのはゼンメルワイス(1818~1865)という医師でしたが、当時は彼の説を医学界の権威が否定し、学会などでほとんど認められなかったとのこと。失意のうちに、彼自身が解剖中に負った傷が原因の感染症で亡くなったのだそうです(諸説あり)。
ゼンメルワイスの死後、彼の説が認められて、現代に至ります。彼の説が認められるまで、たくさんの産婦が産褥熱で命を落としたのでしょう。
ゼンメルワイスのおかげで院内感染という概念ができて、産婦の命が救われたのですが、だからといって私は「何事にも消毒が重要」「手洗い必須」とお伝えしたいわけではありません。
むしろ逆で、病原体がうようよしている病院や非衛生的な場所でもない限り、日本の一般家庭で消毒や洗い過ぎは皮膚の健康を損なう可能性があると考えています。
傷の治療についても消毒をしない「湿潤療法」の効果を実感し、自分と子どもには湿潤療法を行っています。
おそらく、私の親世代は「傷に消毒しないなんて! 汚らしい!」などと湿潤療法を嫌悪するはずです。
以前には、日本熱傷学会に所属する医師たちは、ラップを使った湿潤療法に否定的という話もありました。つまり、ある時期において、一定数の医師にとって湿潤療法はトンデモ療法であるということです。
後世、湿潤療法や傷の消毒薬がどのように位置づけられるのかは、占い師ではないのでわかりません。
ただ、歴史の流れを見ればゼンメルワイスや鈴木梅太郎(ビタミンB1の発見者)のように、当時、権威とされていた医師に持論をつぶされたケースは少なくありません。
湿潤療法を用いている夏井睦医師の著書『傷はぜったい消毒するな』(光文社文庫)「はじめに」の一文を紹介します。
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普段何気なくしていることや、皆がしているので特に気にせずにやっていることの中には、よく考えてみるとなぜそれをしてるのかわからないものが結構ある。
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この本で印象的だったのが、夏井医師が外科から形成外科に移ったときに「外科の非常識」が「形成外科では常識」だったこと。
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例えば、外科では抜糸をするまで傷は絶対に濡らすなと教えられていたが、形成外科では手の手術後は翌日から消毒薬を入れた水道水で手術創を洗うのだ。
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また皮膚科は非常に古い歴史があり、「皮膚科は軟膏で治療」「軟膏で治療するのが皮膚科」という常識があると推論されています。
そのため、軟膏を塗っても治らない症状は「慢性湿疹」と名付けられ、治らない病気だから治らなくて当たり前で、治療法や薬はおかしいとは感じなくなるし(結果として治らないのは患者のせいにする)、新しい発想も生まれないと書かれていました。
メディアでは医師が登場し「これが正しい」「あれはトンデモ」と一刀両断するパターンが多々見られます。
夏井医師の本によれば外科と形成外科では常識が異なるわけで、また相反する結果を示す論文も発表されていることを思えば、医師である誰かの「医学的見地」には偏りがあるのではないでしょうか。
なんだか正しさやら正義やらが振りかざされる傾向が強まっている気がして、ゼンメルワイスや鈴木梅太郎のことをつい考えてしまいます。
□参考文献
健康文化 40 号2005 年 9 月発行 「予防医学という青い鳥(4)産褥熱予防とその認知を拒んだ時代背景」 青木 國雄 名古屋大学名誉教授 https://kenkobunka.com/kenbun/kb40/aoki40.pdf
『医学史とはどんな学問か』第1章 http://keisobiblio.com/2016/02/23/suzuki01/3/
産褥熱などの病気はミアズマ(瘴気)により発生すると考えられていたようです。
※ 産褥熱(さんじょくねつ)とは、分娩のときなどに生じた傷から、細菌に感染して起こる発熱
「昔は出産施設が病院ではなかったから産褥熱が発生した」とつい考えてしまいますが、実際はそうではないようです。
名古屋大学の青木國雄名誉教授は、「助産婦が中心だった出産では、母子ともに事故は少なくなかったが、産褥熱は少なかった」と書いています。
17世紀頃のヨーロッパで、出産は自宅より設備と医師のいる産院が安全という風潮が生まれ、施設出産が増えるに伴って産褥熱が増加し始めていたのだそうです。その理由は、当時の医師は死体の解剖などを行った後に徹底的な手洗いを行っていなかったこと。助産婦は解剖を行わないので、病原体を運ぶことは少なかったわけです。
理由を発見したのはゼンメルワイス(1818~1865)という医師でしたが、当時は彼の説を医学界の権威が否定し、学会などでほとんど認められなかったとのこと。失意のうちに、彼自身が解剖中に負った傷が原因の感染症で亡くなったのだそうです(諸説あり)。
ゼンメルワイスの死後、彼の説が認められて、現代に至ります。彼の説が認められるまで、たくさんの産婦が産褥熱で命を落としたのでしょう。
ゼンメルワイスのおかげで院内感染という概念ができて、産婦の命が救われたのですが、だからといって私は「何事にも消毒が重要」「手洗い必須」とお伝えしたいわけではありません。
むしろ逆で、病原体がうようよしている病院や非衛生的な場所でもない限り、日本の一般家庭で消毒や洗い過ぎは皮膚の健康を損なう可能性があると考えています。
傷の治療についても消毒をしない「湿潤療法」の効果を実感し、自分と子どもには湿潤療法を行っています。
おそらく、私の親世代は「傷に消毒しないなんて! 汚らしい!」などと湿潤療法を嫌悪するはずです。
以前には、日本熱傷学会に所属する医師たちは、ラップを使った湿潤療法に否定的という話もありました。つまり、ある時期において、一定数の医師にとって湿潤療法はトンデモ療法であるということです。
後世、湿潤療法や傷の消毒薬がどのように位置づけられるのかは、占い師ではないのでわかりません。
ただ、歴史の流れを見ればゼンメルワイスや鈴木梅太郎(ビタミンB1の発見者)のように、当時、権威とされていた医師に持論をつぶされたケースは少なくありません。
湿潤療法を用いている夏井睦医師の著書『傷はぜったい消毒するな』(光文社文庫)「はじめに」の一文を紹介します。
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普段何気なくしていることや、皆がしているので特に気にせずにやっていることの中には、よく考えてみるとなぜそれをしてるのかわからないものが結構ある。
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この本で印象的だったのが、夏井医師が外科から形成外科に移ったときに「外科の非常識」が「形成外科では常識」だったこと。
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例えば、外科では抜糸をするまで傷は絶対に濡らすなと教えられていたが、形成外科では手の手術後は翌日から消毒薬を入れた水道水で手術創を洗うのだ。
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また皮膚科は非常に古い歴史があり、「皮膚科は軟膏で治療」「軟膏で治療するのが皮膚科」という常識があると推論されています。
そのため、軟膏を塗っても治らない症状は「慢性湿疹」と名付けられ、治らない病気だから治らなくて当たり前で、治療法や薬はおかしいとは感じなくなるし(結果として治らないのは患者のせいにする)、新しい発想も生まれないと書かれていました。
メディアでは医師が登場し「これが正しい」「あれはトンデモ」と一刀両断するパターンが多々見られます。
夏井医師の本によれば外科と形成外科では常識が異なるわけで、また相反する結果を示す論文も発表されていることを思えば、医師である誰かの「医学的見地」には偏りがあるのではないでしょうか。
なんだか正しさやら正義やらが振りかざされる傾向が強まっている気がして、ゼンメルワイスや鈴木梅太郎のことをつい考えてしまいます。
□参考文献
健康文化 40 号2005 年 9 月発行 「予防医学という青い鳥(4)産褥熱予防とその認知を拒んだ時代背景」 青木 國雄 名古屋大学名誉教授 https://kenkobunka.com/kenbun/kb40/aoki40.pdf
『医学史とはどんな学問か』第1章 http://keisobiblio.com/2016/02/23/suzuki01/3/

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