身勝手なウソつき野郎が名を遺すということ。例えば『まぼろしの邪馬台国』と『夢を喰う男―宮崎康平伝』
年末は日本の歴史に関する本にハマっていたのですが、それで気づいたことがありました。
身勝手なウソつき野郎の本のほうが、学者の本よりもベストセラーになりやすい。
『まぼろしの邪馬台国』(著/宮崎康平 講談社)とは、長崎県島原在住の盲目の宮崎康平氏(1917~ 1980年)の著作で、映画化までされています。
宮崎氏が奥さんの和子さんに音読してもらって、『魏志倭人伝』『古事記』などを耳で聞き、音をベースに邪馬台国の場所を探り当てていくという内容。その夫婦愛の部分が映画化された模様です。
ただ、実際に『まぼろしの邪馬台国』を読んでみると、差別的表現というか、女性蔑視というか、そんな部分がいちいち気になりました。
そして、「宮崎氏による古代の表記(上代日本語)の解釈は適切なのかな」という疑問がわいてきたのです。そもそもが、インチキではないのかと。
それでも『まぼろしの邪馬台国』はおもしろくて、ぐいぐい引き込まれるような内容になっていました。
どうしてこのような内容の本なのか、著者の宮崎氏の評伝である『夢を喰う男―宮崎康平伝』(著/小池 亮一 講談社)を読んだら、笑ってしまうほどわかりやすく解説されていたのです。
○口がうまく、常習的なウソつき。
○身勝手で、女好きで、非常にだらしない。
○親の会社や実家の金を勝手に使い込む破天荒。
○強きを助け弱きをくじく。
○お前のものは俺のもの。俺のものは俺のもの。
とんでもない、最低なウソつき野郎だったのです。どうやら子どもの頃から口達者で、九州の田舎者ということもあって嫉妬心や虚栄心も強かったようです(九州出身の私には、よくわかります)。有名人にはとにかくすり寄っていき、そうでない人は搾取と恫喝。
著書のプロフィールもウソ。本当に、笑うしかありません。
このような人が書く文章は、おもしろいのです。理由は、とんでもない自説を断定的に語るから。「Aかもしれないし、Bかもしれないし、でもCという説もある」と慎重な文章よりも、「Aで決まり!」と言い切った文章のほうが、読み手には楽なのです。
そういえば『古代日本正史』の著者である原田常治氏も断定型でした。原田氏はもともとは編集者で、出版社の社長でしたから、どんな文章にするとウケるのかはよく知っていたに違いありません。
加えて、宮崎氏と似た性格だったのではないかと、ついつい推測してしまいました。
女好きの身勝手なウソつき野郎については、自分の頭に思い浮かぶ人物がいます。現在SNSを中心に彼は活動して人気があるそうですが、実像を知らない人々から「子ども想いの優しい人」「あなたの言葉に心癒される」のようなコメントをもらっていたので、ずっこけそうになりました。
身勝手なウソつき野郎という人物とは、なるべく遠くから眺めていられるような状況に自分を置いて、バランスを取りながら接触すると、なかなかおもしろいものかもしれません。近くにいると地獄ですが(ちなみに宮崎氏の前妻は、家から逃げ出してしまったとか)。
もう一つは、身勝手なウソつき野郎の態度に学ぶべき点もあると感じました。たった一度の人生ですから、多少はばくち打ち的な要素があったほうが楽しいかもしれません。宮崎氏の後妻である和子さんは、宮崎氏をおもしろがっていたようです。「蓼食う虫も好き好き」といいますが、広い世の中では身勝手なウソつき野郎を敬遠しない人もいるのでしょうね。
身勝手なウソつき野郎の本のほうが、学者の本よりもベストセラーになりやすい。
『まぼろしの邪馬台国』(著/宮崎康平 講談社)とは、長崎県島原在住の盲目の宮崎康平氏(1917~ 1980年)の著作で、映画化までされています。
宮崎氏が奥さんの和子さんに音読してもらって、『魏志倭人伝』『古事記』などを耳で聞き、音をベースに邪馬台国の場所を探り当てていくという内容。その夫婦愛の部分が映画化された模様です。
ただ、実際に『まぼろしの邪馬台国』を読んでみると、差別的表現というか、女性蔑視というか、そんな部分がいちいち気になりました。
そして、「宮崎氏による古代の表記(上代日本語)の解釈は適切なのかな」という疑問がわいてきたのです。そもそもが、インチキではないのかと。
それでも『まぼろしの邪馬台国』はおもしろくて、ぐいぐい引き込まれるような内容になっていました。
どうしてこのような内容の本なのか、著者の宮崎氏の評伝である『夢を喰う男―宮崎康平伝』(著/小池 亮一 講談社)を読んだら、笑ってしまうほどわかりやすく解説されていたのです。
○口がうまく、常習的なウソつき。
○身勝手で、女好きで、非常にだらしない。
○親の会社や実家の金を勝手に使い込む破天荒。
○強きを助け弱きをくじく。
○お前のものは俺のもの。俺のものは俺のもの。
とんでもない、最低なウソつき野郎だったのです。どうやら子どもの頃から口達者で、九州の田舎者ということもあって嫉妬心や虚栄心も強かったようです(九州出身の私には、よくわかります)。有名人にはとにかくすり寄っていき、そうでない人は搾取と恫喝。
著書のプロフィールもウソ。本当に、笑うしかありません。
このような人が書く文章は、おもしろいのです。理由は、とんでもない自説を断定的に語るから。「Aかもしれないし、Bかもしれないし、でもCという説もある」と慎重な文章よりも、「Aで決まり!」と言い切った文章のほうが、読み手には楽なのです。
そういえば『古代日本正史』の著者である原田常治氏も断定型でした。原田氏はもともとは編集者で、出版社の社長でしたから、どんな文章にするとウケるのかはよく知っていたに違いありません。
加えて、宮崎氏と似た性格だったのではないかと、ついつい推測してしまいました。
女好きの身勝手なウソつき野郎については、自分の頭に思い浮かぶ人物がいます。現在SNSを中心に彼は活動して人気があるそうですが、実像を知らない人々から「子ども想いの優しい人」「あなたの言葉に心癒される」のようなコメントをもらっていたので、ずっこけそうになりました。
身勝手なウソつき野郎という人物とは、なるべく遠くから眺めていられるような状況に自分を置いて、バランスを取りながら接触すると、なかなかおもしろいものかもしれません。近くにいると地獄ですが(ちなみに宮崎氏の前妻は、家から逃げ出してしまったとか)。
もう一つは、身勝手なウソつき野郎の態度に学ぶべき点もあると感じました。たった一度の人生ですから、多少はばくち打ち的な要素があったほうが楽しいかもしれません。宮崎氏の後妻である和子さんは、宮崎氏をおもしろがっていたようです。「蓼食う虫も好き好き」といいますが、広い世の中では身勝手なウソつき野郎を敬遠しない人もいるのでしょうね。

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