エンディングノートは、「これから」を生きるためのミライシ

  ミライシ(未来史)とは未来への意志。現状を把握してから数年後の暮らしや会っておきたい人、行っておきたい場所などを具体的に思い描くというもの。

 「エンディング」という言葉から終わりというイメージしか浮かびませんが、エンディングノートは、実際は未来を選択するための存在ではないかと思うのです。


 最大のポイントは、「大切な人と、どのような別れを迎えたいのか」を集中して考えること。
 私たちは生きている限り成長し、生きている限り必ず死を迎えます。

大切な子ども、パートナー、友人、親……
子どもはいつか独立をして別れる。
パートナー、友人、親も、そして自分もいつかは死を迎える。

「離れないで」と執着するのか、笑顔で送り出すのか。
「死にたくない」と濃厚医療を希望するのか、衰えを受け入れて死を待つのか。

 出会いは偶然かもしれませんが、別れ方は自分で選べるはずです。いつかは訪れる別れのために、今から何ができるのかを突き詰めていくのがミライシ。

 まずは現在の自分を見つめ直します。
 年齢、体調、家族、住んでいるところ、仕事、趣味。

 現在の自分の状況をもとに、「なんとなくこの年齢までは生きるだろう」「この年齢までは生きたい」という予想寿命を設定します。

 そして現在から予想寿命までの間のライフサイクルを考えるのです。

『クラナリ 0』より

 なかには、再出発期が2回以上やってくる人もいるでしょう。ライフサイクルとは個人差が大きいものなのです。

 ライフサイクルの節目は、実は大切な人との別れに当たります。子どもが独立する、親が亡くなるなどの別れをきっかけにライフサイクルが移り変われば、習慣や身近なものを捨てて、新しい自分を生きることになるでしょう。「これまでのようには物事が進まない」のが当たり前。

 これまでどおりにならないでイライラするのは、大切な人ときちんと別れられなかったから。さらには、ライフサイクルでの「子育て繁忙期」「再出発期」といった期間を、精一杯生き切れなかったからではないでしょうか。

 なんとなく「昨日と明日は同じで、明日と1年後は同じで、いつも変わらない自分」と錯覚してしまうわけですが、実は体内では代謝が絶え間なく行われ、細胞が入れ替わり、同じ自分ではいられません。言い換えれば、小さな死が何度も訪れているということ。

 自分の小さな死と別れを見据えて未来を選ぶために、エンディングノートを書くのもよいかもしれませんね。

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