どうして貧富の差と支配・被支配の関係が生まれたのか
地球の歴史では、ほとんどの時期が地表と大気の温度が低く、非常に寒冷です。温暖だった珍しい時代が、恐竜が生きていた「中生代」で、およそ2億5000万年前から6600万年前の期間です。
人類が誕生したのは約700万~600万年前と考えられています。
氷河時代は約260万年前に始まっていて、現在も氷河時代です。地球が寒冷化する氷河時代は、地球上に氷山や氷河などが存在します。
氷河時代は次の2つに分けられます。
〇氷期……寒冷な期間
〇間氷期……氷期と氷期の間の温暖な期間
7万~1万年前は、いちばん遅い時期の氷期であることから「最終氷期」と呼ばれています。
氷期や間氷期の中でも、地球上では気候が変動しています。寒い時期は「亜氷期」、温暖な時期は「亜間氷期」と呼ばれているそうです。
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| 葛飾区史より |
また、氷期と間氷期では、海面の高さが100メートル以上も変動してきたのです。
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| JAMSTEC 10万年でひと呼吸 地球の温暖化と寒冷化 より |
そんな気候の変動や海水面の上下に合わせて、食料を確保しながら生き延びる方法を考え出す中で、農耕が始まったとされています。
他の動物と同様に、もともとは人類も狩猟と採集で生きてきたのですが、寒冷な時期には植物や動物が減少していきました。
そんな中、野生の小麦や米をまいて育てると収穫量が増えることがわかり、穀物の栽培を開始しました。
穀物をたくさん栽培するには、川から水を引いたり、土地を耕したりして農耕を行う必要も出てきます。こうして農耕のために人類は定住して、大きな集団で暮らし始めるようになりました。
土地を耕すのは大変なので、その土地を横取りしようとする者も現れたでしょう。
自分たちの農地を守るために、集落の人々は一致団結したり、スムーズに戦えるようにリーダーを決めたりしたと考えられます。
また、穀物の特徴は、長期保存ができること。
採ってきたらすぐに食べないと腐ってしまう果物や貝類などと違って、穀物は長期にわたって保存できます。そのため、農地は奪わなくても、保存した穀物を狙う者も出てきたでしょう。「食べ物を得る」にはそのほうが手っ取り早いですから。
つまり、農地や穀物を守るために団結や武力が必要になって、集団で争うようになったわけです。農耕が争いを生み出したということ。
農耕が本格的に行われる前の狩猟採集が中心だった時代では、自然の脅威から身を守るためだけの、家族や親戚縁者が中心の小さな集団で済んだのでしょう。
長老などがいて、釣りや狩りが上手など生きていく上の技術に長けた人が尊敬されていたと考えられます。そして獲物などが少なくなったら、長老などの判断で、集団で違う土地への移動した可能性が高いといえます。
ところが、植物を栽培し、農耕を始めたら、集団は土地に縛られるようになりました。
そして、食料としてみんなが欲しがる穀物をたくさん持っている人が「富める者」になり、貧富の差が生まれたのでしょう。
おそらく、生きていく上の技術に長けた人ではなく、集団での争いに強い人が富める者として尊敬されるようになったはずです。
また、農耕には人手が必要なので、武力をもって脅されて、農耕に駆り出された人々も少なくないでしょう。農耕民族が、狩猟民族を支配しようとしたということ。
農耕のために、土地を耕し、種をまき、作物に水をやり、雑草を抜いた人々と、こうした働き手を確保するために動き回る人々とに二分されたのかもしれません。
つまり支配・被支配の関係が生まれたと考えられます。
人間とはおもしろいもので、自分の強さや偉さを誇示したいという習性を持っているために、やたらと他の集団と戦ったり、大きな墓を作ったりしたのでしょうね。



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