「人生100年時代」では、どうだっていいかもしれない「きちんとした子育て」
仕事の有無は関係なく、「きちんと子育てをしなくてはいけない」という、見えないプレッシャーを受けているお母さんは少なくありません。
子どもの服装はTPOに合わせて。
子どもの成績は、すくなくてもみんなと同じレベル以上に。
子どものお友達の家に行ったときに恥ずかしくないよう、しつけはしっかり。
いつ、誰が来てもいいように、自宅は整理整頓して、インテリアにもこだわりを。
ママ友のコミュニティでも、うまくお付き合い。
自分のファッションも、適宜、流行を取り入れて、ママ友から浮かないように。
「女性が活躍する時代」「多様化」と世間ではいわれています。しかし、現実として、お母さんたちを見渡すと、古くからの「良妻賢母」モデルに合わせようと必死になっている印象がぬぐえません。
「きちんと」という言葉の厄介さは、意味が曖昧であること。
お母さんたちは「きちんと子育てしなければ」と思っているにもかかわらず、「きちんとした子育て」が具体的に何を指しているのかがわかっていないようです。
ですから、やってもやっても終わりのない「きちんとした子育て」を追い求め、焦り、疲れ、「こんな私では母親失格」と自分に失望してしまうのです。
最近ではネグレクトの問題が取りざたされていますが、その一部は「きちんとした子育て」の裏返しである可能性が高いでしょう。
「きちんとした子育て」ができないから、もう、子育てなんて無理だ……そんな「0か100か思考」に陥って、自分への失望を隠すように、子育て自体を放棄しているようです。
また、「きちんとした子育て」にこだわり過ぎるお母さんは、自分の短所や失敗を受け入れる心の余裕がないようにも見えます。自分の短所、つまりはきちんとしていない部分です。
これはあまりにも不自然な状況ですよね。失敗したっていいじゃないか、人間だもの、という相田みつをさんのパクリはさておき、完璧な人間など存在しません。
しかし、「きちんとした子育て」で頭がいっぱいのときは、そんな人間として自然な短所や失敗でさえ許容できないのです。
うまくいかないことがあると、「ダメね」「がっかりした」「○○のせいで」と子どもを責めてしまう。
夫や親など周囲からの些細な指摘でさえ、猛烈に傷ついたり、イラついたりする。
優越感と劣等感・罪悪感の間で、気持ちが大きく振れ動く。
どうでしょうか。
「きちんとした子育て」にこだわり過ぎると、なんだか気持ちの落差が大きく、心が安定しないお母さんになってくるような気がしませんか。
皮肉な話ですが、子どもを責める情緒不安定なお母さんに「きちんとした子育て」ができるのかなという疑問もわいてきます。
「きちんとした子育て」によってジレンマに陥っていると感じるのならば、「きちんとした子育て」を具体的に適宜してみましょう。
1 「子育て」と「子どものお世話」「おせっかい」を区別する
子どもがまだ幼い頃は、食事やトイレなどでお世話することも多いでしょう。しかし、子どもが自分で身の回りのことができるようになっているのに、服装その他でお母さんが手を焼くのは、おせっかいかもしれません。
2 家事を見直す
正直なところ、コンビニエンスストアの総菜などは品質や味で飛躍的に進化していて、料理下手なお母さんが作る料理よりもおいしいのではないでしょうか。
掃除についても、便利な家電がずいぶんと手ごろな値段で出回るようになり、そこそこの清潔さは家電に任せれば保たれます。
「家事はお母さんの役目」というのも、時代錯誤の印象。やらない・できないからといって、罪悪感を抱く必要はありません。
3 子どもに求める将来像の優先順位を決める
あくまでも私の経験ですが、大学時代、非常に学歴の高い知り合いが、就職試験で次々と落とされていました。その知り合いはプライドがあまりにも高く、大人に対してさえバカにするような態度を取っていました。
また、私の就職後の話ですが、やはり非常に学歴の高い同僚が、突然、会社に来なくなりました。どうやら仕事が長続きしないタイプの人だったようです。
上記のような話を、皆さんの周りでも耳にしませんか。
子どもがひきこもりのまま年を重ねて「8050問題」に発展することも、ニュースなどで取りざたされています。
ですから、社会情勢なども見ながら、子どもの将来像を具体的に考える必要が出てきています。
「学歴さえよければ、社会人にならなくてもよいし、私が一生、子どもの面倒を見る」というお母さんは、少数派ではないでしょうか。一般的に親のほうが先に死ぬので、子どもを独り立ちさせたいと願う人のほうが多いのではないでしょうか。
子どもが幼い頃は、どうしても目の前の成績や習い事の習熟度が気になるでしょう。しかし、それらは子どもが大人になったときには、さほど役に立たないかもしれません。
そんな状況を踏まえて、子どもに求める将来像の優先順位を決めましょう。「社会人として働く」と「高学歴」は、同じベクトルの上にはありません。混同しないように注意したいものです。
「主体性を持って、人生を切り開いていく」ことが子どもに求める将来像の第一位ならば、子どもへのお世話を減らすことが重要になりますね。
4 お母さんが一人で考える時間を作る
現在は情報過多。子育てとは関係ありませんが、新型コロナワクチンの情報にしても、両極端の内容が大量に流されていて、混乱している人も少なくありません。
ですから、情報は収集した上で、落ち着いて、一人で考える時間は必要ではないでしょうか。
ポイントは、以下の3つです。
○慌てないこと
○小さな思考を繰り返し、積み重ねること
その理由は「正解を求め」「慌てて」「一度に大きなこと」を考えると、どうしても極端な思考に傾いてしまうからです。
「ああ! これが正解なんだ」という体験には、気持ちが解放されて、一種の快感が伴います。しかし、多くの場合、冷静な判断が伴わず、誤った方向へと進みやすいものです。
濁しますが、そのような人をたくさん見てきました。教祖的な存在に影響され、大なり小なり熱狂して、家族との生活が破綻していく……
ですから、どうか慌てないでください。迷いも失敗も自分の一部として受け入れて、一人で考える時間を積み重ねていってほしいと思います。
いまや「人生100年時代」で、50歳で人生が折り返しということになります。
お母さんの人生も、子育てだけで一生が終わるわけではありません。子育て=お母さんの人生ではないということ。
100年も続く可能性がある自分の人生に後悔しないためにも、「きちんとした子育て」の意義について考えておきたいものです。案外、100年の人生では重要な要素ではないのかもしれません。

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