ありふれていた「毒親」の子どもが、40~50代でこじらせがちなこと 『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』
劣等感などの個人的な問題、そして不仲などの親子の問題を、当人の気質ではなく社会問題として視野を広げて検討するのが、社会学と説明されることがあります。
結局のところ「世代」とはなにか 『女子の遺伝子』でも触れたように、毒親が発生しやすい社会情勢、そして世代というものがあるようです。『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』を読むと、団塊の世代の特に女性が、毒親になりやすいのかと思ってしまいました。
『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』は、社会学者の上野千鶴子氏と、『うちの母ってヘンですか?』などの作品がある漫画家の田房永子氏との対談をまとめた本です。
そもそも、毒親とは何でしょうか?
子どもに無用な負担感、罪悪感を与える、ふつうのサイテーの母!
このように、上野千鶴子氏は説明していました。
毒親については、「親が特殊なキャラ(サイコパスなど)」「夫婦関係が異常」などと考えられがちですが、実際のところは、程度の差こそあれ、どこの家庭にもあるような話題なのです。
毒親を描いた『うちの母ってヘンですか?』が売れたのも、そのためでしょう。「あるある!」と共感されたわけです。
団塊世代の人々が子どもの頃は、家庭の中で男尊女卑が当然でしたが、その割に「女性の自立」なども叫ばれたのだとか。つまりは、建前だけ男女平等の世の中。これが、毒親を作る素地になっていた可能性があります。
自分が見聞きした範囲では、母親⇔娘だけでなく叔母・伯母⇔姪など、近親者の女性間で「子どもに無用な負担感、罪悪感を与える」行為が日常茶飯事だった印象。
年長の女性たちは女の子に対して、勉強やスポーツなどで男性に負けないような活躍を求める一方、「愛嬌のよさ」「かわいらしさ」など男性に愛でられるような相反する要素も強要するという、抑圧的・ダブルバインド状態でした。
鬱屈したエネルギーに。そのエネルギーは自分がコントロール可能な弱者に向かう。子ども、それも息子より娘だ。
毒親の鬱屈したエネルギーの犠牲となったロスジェネ世代は、現在、40代から50代前半。年齢的に、気候の変動に体が影響を受けやすくなり、体調管理が大変。重篤ではないが慢性的な症状があると、代替医療に傾倒する傾向が見られます。
慢性的な症状の原因は、多くの場合、食べ過ぎ・飲み過ぎといった、体の変化に見合わない生活習慣にあるのですが。
老化とはそういうものなので、受け入れて、気持ちも合わせるしかありません。
しかしロスジェネ世代は、「がんばりなさい」とプレッシャーをかける毒親に育てられたために、思考回路が「受け入れる」とはならないようです。
極端な人が多いのも、ロスジェネ世代ではないでしょうか。断食や断酒というように全部やめるか、「すごいサプリを飲んでいるから平気」などと全然やめないかのどちらかを選択しがち。「様子を見ながら、体の負担にならない量まで減らす」という形にはなりにくいわけです。バランスが悪いですね。
マルチ商法などに傾倒しやすいのも、ロスジェネ世代という印象。健康問題以外だけでなく、今後の生き方に悩みや不安が出てくる年齢です。
この世代の女性について、若い頃は寿退社も珍しくなかったでしょう。ところが、最近では専業主婦のほうが肩身狭い印象です。「仕事してお金を稼いでいる=えらい」みたいな世の中なのかなと。
私と同世代で専業主婦だった女性たちから、「●●という資格を取って、××という仕事をしています」というアピールを受けることがありました。なんとなく、生活費を稼ぐためというよりも、「私を役に立つ人間だと認めて!」といった承認欲求を満たしたいように見受けられます。
その点で、マルチ商法は稼げそうだし(あくまでもイメージ)、情報商材による"学び"も知的な感じがするし(あくまでもイメージ)、"高め合える仲間"ができるし、マルチ商法などに飛びついてしまうロスジェネ世代の女性たちは多いのだろうと、SNSを観察しつつ、感じていました。
そんな自分も、十分、人生をこじらせてしまっていました。
上野氏がいうところの「自分との和解」を目指して、生活習慣や働き方の見直しから始めているところです。もっと早く気づけたらよかったんですけどね。
※以下は、『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』からの引用。
上野 なるほどなるほど。毒親問題って、母が特別なキャラだとか、夫婦関係が特別に異常だとかって、言われがちだけど、あなたの描いた『うちの母ってヘンですか?』を読んでみても「あるある」感満載。程度の差があっても、どこの家庭にもあるようなことばかり。
上野 子どもに無用な負担感、罪悪感を与える、ふつうのサイテーの母!
上野 あのね、近代家族っていう装置があって、一夫一婦制という制度があって、その上で夫に経済的に依存する妻がいる。その構造にハマる以外の選択肢は、母の世代の女にはなかった。
上野 育ってきた社会や親世代の歴史を知らないと、わからないことがたくさんある。おばあちゃんの世代は、長男にだけいいお惣菜を出していたとかがあったし。
上野 おばあちゃんは、長男を産む以外に認めもらえない社会で母になり、その娘はタテマエ平等の世の中で、毒母になっていったのかな。
上野 自覚してもしなくても、すべての母は抑圧的なのよ。子どもに対して絶対的な強者だから。
田房 (田房さんのお母さんの場合は)母への執着と、夫への不満が全部子どもに向かったんだと思う。
上野 私たちが40代の頃はまだ、「女が働いて生きることは惨めなこと」っていう価値観があったけど、最近は違うでしょ?
田房 私が一人目の子どもを産んだのが7年前(2012年)で、その時に「保育園に入りたがる人はかわいそうな人」って言う人がいてびっくりしたんです。「旦那さんの給料が少ないから、仕方なく働くんでしょう?」みたいな。でも5年ぶり(2017年)に二人目を出産したら、そういう空気を感じなくなっていたんです。
田房 今はむしろ専業主婦の人の方が肩身狭そうにしていることもあって。
上野 金って社会的評価が目に見えるものなのよね。
上野 女の弱さが許せないって、ミソジニーそのものでしょう。父に支配される母に同情はするけれど、それに唯々諾々としたがっている母の無力さが許せない、という娘はいっぱいいるよね。同じ女だから、ほかの女の弱さを見ているのがつらいし、憎むんです。ミソジニーから男に過剰同一化して、男から承認を得ることを期待する女は、いっぱいいる。
田房 上野さんはミソジニーを「男にとっては『女性蔑視』、女にとっては『自己嫌悪』」って定義してますね。
上野 そう、だからずいぶんラクになったわよ。自分と和解してきたから。
おわりに(上野千鶴子)
団塊世代にも母親はいたが、なぜ母と娘の葛藤が「毒親」のような「支配とコントロール」というカタチをとらなかったのだろうと考えた。
それはもう一つ前の世代の母たちが、あまりに無力であったからかもしれない。娘たちは、母の無力を呪い、反面教師にした。
だが、団塊世代の母はエネルギーにあふれている。しかも水路を見つけられずに鬱屈したエネルギーに。そのエネルギーは自分がコントロール可能な弱者に向かう。子ども、それも息子より娘だ。
結婚するしか選択肢のなかった団塊母のそのまた母の世代。
選択肢を示されたはずだったのに、それを閉ざされた団塊母の世代。
そして結婚と仕事のふたつの選択肢を強制された団塊ジュニアの世代。


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