「何によって憶えられたいか」 『非営利組織の経営』

 『P.F.ドラッカー 完全ブックガイド』(著/上田惇生 ダイヤモンド社)によると、『非営利組織の経営』の中で、ドラッカーファンには以下のフレーズが人気なのだそうです。
 私が一三歳のとき、宗教の先生が「何によって憶えられたいかね」と聞いた。誰も答えられなかった。すると、「答えられると思って聞いたわけではない。でも五〇になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ」といった。


 「憶える」は常用漢字ではないので、一般的には「覚える」と訳しますよね。あるいは「何によって記憶されたいかね」かなと。
 『非営利組織の経営』を訳した上田惇生氏に意図を尋ねなければわかりませんが、あくまでも個人的な解釈では、「私が死んでしまって、姿形が消えてしまった後で、周囲の人が思い出す」というニュアンスで「憶える」という漢字を採用したのではないでしょうか。
画像/ピクトアーツ



 生物のさだめとして、人間は生きて、死にます。死んだ後に、「あの人って〇〇だったよね」の〇〇が「何によって」に相当するのではないかと。

 「だらしなかったけど、とにかく楽しい人だった」
 「口うるさいけど、子どものことをしっかりと考えていて、実は優しい人だった」

 
 まあ、「死んじゃったらそれでおしまい」という側面もありますが、それでも「何によって憶えられたいか」と尋ねられると、ハッと自分を振り返ってしまいますよね。


 今日でも私は、いつもこの問い、「何によって憶えられたいか」を自らに問いかけている。これは、自己刷新を促す問いである。自分自身を若干違う人間として、しかしなりうる人間として見るよう仕向けてくれる問いである。


 ただ、「何によって憶えられたいか」を自分自身に問いかけて、例えば30年以上も編集者として働いてきた『クラナリ』編集人が「アイドルだった私を憶えていてほしい」などと妄想してしまうと、まあ、アホですよね。たとえアイドルになりたかったとしても、自分自身にない要素で「憶えられたい」なんて、厳しいものがあります。
アラフォーアイドル輝けプロジェクトより

 
 今のご時世、『クラナリ』編集人がアイドルの服装で、アイドルっぽく振る舞って動画を撮影してネットにアップすることは可能です。ただ、評価はされなさそうだし、周囲の人に憶えられるのは「あの年齢で発狂したのかな……」という感想を抱いたことのみになりそうです。

 結局、「何によって憶えられたいか」は、中高年になると、今ある自分の要素の中からピックアップするのではないかと。
 いいかえると、自分の「強み」。
 強みという言葉は、ドラッカーの著書では頻出するようですね。『非営利組織の経営』にも、多々登場しました。
 
 人は、強みへの集中によってのみ自らの成長を図ることができる。そうして初めて、自らのビジョンを生産的なものにすることができる。
 強みを伸ばすということは、弱みを無視してよいということではない。弱みには常に関心を払わなければならない。しかし人が弱みを克服するのは、強みを伸ばすことによってである。

 
 強みについては、ドラッカーは「フィードバック分析」を推奨しているようです(フィードバック分析についてはこちら)。

強みを知る方法は一つしかない。フィードバック分析である。何かをすることに決めたならば、何を期待するかをただちに書きとめておく。九か月後、一年後に、その期待と実際の結果を照合する。私自身、これを五〇年続けている。そのたびに驚かされている。これを行うならば誰もが同じように驚かされる。

 ただ、ドラッカーレベルなら可能でしょうが、なかなか自分だけでは強みを判断できないことのようにも思えます。
 自分を客観的に見つめ直せるのは、そのような訓練をやってきた人間ではないかと。
 やってこなかった、あるいは不得意な人間は、信頼できる他人からの意見にも耳を貸すことで、強みの分析ができるのではないでしょうか。

 『非営利組織の経営』には、ミッションについて、以下の記述があります。
 私の知っている病院の多くが、「われわれのミッションは健康の維持である」という。これはミッションの定義としては間違いである。病院は健康は扱わない。病気を扱う。(中略)この定義の問題点は、「われわれのミッションは健康の維持である」といったところで、病院がとるべき行動について何も知りえないところにある。

 ミッション(使命・目標)の設定を間違えるというのは、強みをはき違えているということ。

 強みというのは、「求められていること」という側面もありますよね。『クラナリ』編集人の場合は、残念ながら、これまでにアイドルとして求められたことはありません。「ギリギリの締め切りでも、原稿をアップできる」「ギリギリの日程でも、本を出版できる形にまで持っていける」という点で依頼が舞い込んでいました。「無難に早くまとめる」が強みなんでしょうね、きっと。

 ただ、「無難に早くまとめるという点で憶えられたいかね」と尋ねられると、これが微妙で、「まあ、求められた仕事をきちんとこなしてきたということなんだけど……」とモヤモヤします。
 そう考えれば、今ある強みを「憶えられたい何か」に寄せていく作業も、死ぬ前に、いや中高年はやっておきたいところですよね。
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