腎臓を巡る、長く、曲がりくねった物語 その26 ゾウリムシやミミズの“腎臓”は?

生物の定義
 自己複製(自分のコピーを作る)
 代謝(同化と異化)
 恒常性(ホメオスタシス)の維持(膜によって外界と分けられていて、内部が一定に保たれていること)


 水溶液の中の水は、濃度の低いほうから高いほうへと移動します。 

 海で暮らす多くの無脊椎動物は、海水と体液とでイオン濃度の差がほとんどありません。

 一方、淡水だと、体液のほうがイオン濃度が高いため、水が細胞の中に移動してきます。そうなると、恒常性が保たれず、生命が維持できなくなります。
 そのため、海ではない場所で暮らす生物の体には、恒常性を保つ機能が備わっています。人間の場合は、主に腎臓が、恒常性を保つために働いているのですが、ほかの生物ではどうなのでしょうか。



 ゾウリムシは、湖や川などの淡水に生息しています。そのため、ゾウリムシの内部にある体液は、外界よりも濃度が高くなっています。体液には、電解質などが含まれているからです。

ゾウリムシ

 もしもゾウリムシの細胞膜がなんの働きもしなければ、ゾウリムシの内部に水が入り込み、体液の濃度が薄まって細胞が膨らみ、膜が破裂してしまいます。


 そうならずに生命を保っているのは、体内に入ってきた水を排出する仕組みが備わっているからです。「収縮胞」という、水をためる袋があり、ある一定の大きさまで膨らむと、収縮胞がしぼんで外へと水を吐き出します。ゾウリムシは、このようにして体液濃度の調節を行っているのです。
ゾウリムシの収縮胞(京都市青少年科学センターより)

 収縮胞は、原生動物(アメーバ、ゾウリムシなど、単細胞生物のうち生態が動物的なもの)などの細胞内小器官で、水分調節や、アンモニアなどの老廃物の排泄を行う機能があります。

淡水で生活する原生動物の仲間は、細胞内の浸透圧が外界の淡水より高い状態にありますから、放っておくと外界から入り込む水で破裂する危機に直面しています。そこで、水を常に細胞からくみ出しているのです。収縮胞は、少なくともカリウムイオンやナトリウムイオンおよび塩素イオンのような塩分をため込むことにより、細胞質よりも高い浸透圧状態になっていることが考えられます。この浸透圧差により収縮胞の中に細胞質より水を呼び込み塩類とともに排泄しています。
岩国市ミクロ生物館

 海綿動物やクラゲなどの刺胞動物は、アンモニアなどの老廃物が体表に運ばれて、海水に捨てられます。

 海の無脊椎動物については、浸透圧を調節する機構が未発達で、海水と体液の濃度はだいたい同じになっています。

 海の脊椎動物である軟骨魚類(サメ、エイなど):は、調節機構があまり発達していません。アミノ酸を代謝してできた老廃物である尿素を、体液中に含むことで、海水との浸透圧の差を調節しています。

 海や川の脊椎動物である硬骨魚類は、腎臓で浸透圧を調節しています。

 話を無脊椎動物に戻すと……
 川の石の裏などに生息しているプラナリア、サナダムシなどの扁形動物は、約百万個の細胞で構成されています。原腎管にある炎(ほのお)細胞が、周囲の組織から老廃物を原腎管に集めて、排出口から体外に捨てます。
 構造については、以下のサイトで詳しく紹介されています。

■ぷらなりあとは?

 (NH3): 斧足類、腹足類 - 腎腔は囲心腔に開く

 アサリなど軟体動物二枚貝類には、ボヤヌス器という排出器官があり、腺状部 (腎臓に相当) と管状部 (膀胱に相当) の2つがU字型につながっています。

 イカやタコなど軟体動物二頭足類は、腎嚢でアンモニアなどを排出しています。


 環形動物のミミズには、腎管があり、血管や消化管、排出口とつながっています。


 1000個の細胞でできている線形生物の線虫は、海水や淡水では底の土壌中に、陸上だと土壌中に生息していて、浸透圧調節システムが備わっています。線虫の浸透圧受容を担う頭部感覚器にはamphid sheath glia と呼ばれるグリア細胞が1対(2個)存在し、1対(2個)の浸透圧受容ニューロンの神経突起を取り巻いているとのこと。
 そして、浸透圧が保てなくなるような場所に入りそうになると、嫌がって、方向転換をするそうです。


 節足動物のザリガニは、触覚のつけ根の触覚腺に、腎管、膀胱があります。


 節足動物の昆虫・ムカデ・クモなどでは、数本の「マルピーギ管」が腸とつながっています。多いときには、100対(200本)もマルピーギ管があります。
 マルピーギ管は、クマムシでも見られるとのこと。「あったかいんだから♪」と歌っていた2人組(正しくは1名)のイメージがぬぐえないのですが、クマムシの体長は0.1〜1mmで、虫ではなく4対の肢(あし)を持つ「緩歩(かんぽ)動物」。海、山、熱帯のジャングルから南極、はたまた池や道路脇のコケの中まで、あらゆる場所に生息しているそうです。
 マルピーギ管は、水や代謝物質などを排出して、浸透圧の調節をしています。
 なお、この名前は、17世紀のイタリアの解剖学者マルチェロ・マルピーギにちなんだもの。ちなみに腎小体の別名である「マルピーギ小体」も、彼の名前が由来です。
 

 以下、おさらいとして、宇宙の誕生から脊椎動物の陸上進出までを振り返っておきます。

地球の誕生:46億年前

 宇宙は138億年前に誕生したとされています。そして、誕生直後に、「インフレーション」と呼ばれる現象が起こったという説が提唱されています。
 このインフレーション理論によると、誕生直後に宇宙は急激に膨張したことになります。その過程で、宇宙は超高温の火の玉であるビッグバンになりました。
インフレーション理論(東京大学サイトより)


 ビッグバンは、物質や質量、そして、それらの相互作用である化学反応を生み出しました。
ビッグバン(国立科学博物館サイトより)


 ビッグバンの余波は続き、宇宙に水素ガスやチリの渦巻が現れました。50億年前に、水素原子がぶつかってくっつき(融合)、ヘリウム原子に変わる「核融合」が起こり、太陽ができたのです。

 太陽の周りにはたくさんの惑星が集まって、ぶつかり合いました。その度に惑星が大きくなっていきます。惑星の地表に小さな惑星が激突した瞬間、発生した熱で鉄や岩石は溶け、水は水蒸気になって二酸化炭素などとともに原始大気ができて、46億年前に地球が誕生しました
 
 地表を覆った大気が、衝突で生じた熱を閉じ込めたので、岩石は溶けて、地球は火の玉に変身していきます。

海の誕生:44億年前

 惑星の衝突が止まると、地表の温度が下がりました。そして、大気に含まれる膨大な量の水蒸気が厚い雲となり、激しい雨になって地表に降り注ぎ、広大な海ができました。当時の海は、塩素を含んだ強い酸性でした。酸性の海水は、陸地のナトリウムやカルシウム、鉄などを溶かしていき、また、降り注ぐ雨に陸地のミネラルが溶けて海に流れ込み、長い時間をかけて海の電解質濃度は上昇していきました。

生命の誕生:38億年前

 海の深いところで生命が誕生しました。それは1つの細胞しか持たない、単純な微生物でした。
 太陽との程よい距離で、適度に暖かかったこと(ハビタブルゾーン(生存可能領域」)、波やら地熱やらさまざまな力が働いて化学反応が起こり、アミノ酸や核酸の元となる糖・塩基などの物質が生成されたことなどが関係しています。物質の周りは膜で覆われました。

 中と外とを分ける膜が、細胞膜です。細胞膜は半透膜(溶媒だけを通して、溶質を通さない膜)です。また、濃度の違う溶液を混ぜたときに、濃度の濃い側の溶質が薄いほうへ移動して、拡散しようとする力を浸透圧といいます。
 生物は、浸透圧調節によって、外界とは違う内部環境、言い換えると内部の濃度を維持しています。


 この頃、地球上には酸素がほとんど存在していませんでした。ですから、「嫌気性」の生物でした。

 地球上の最初の生命システムについては、「RNAワールド」仮説が広く支持されているようです。 

 地球化学の分野では、この頃の海はナトリウムを含んでいなかったという説もあるそうです。植物や菌類、あるいは多くの細菌は、ナトリウムを生命維持に必要としていないことからも、この説は正しいのかもしれません。
 また、すべての生物に共通して、細胞内に高濃度のカリウムが含まれています。ですから、当時の海はカリウムの濃度が高かったとも考えられそうです。カリウムの多い海で膜を作ったため、海の成分が変わっていっても、膜の内部はそのままということですね。
 

原核生物の登場:38億年前(35億年前という説も)

 最初の生物は、2種類の原核生物「アーキア(古細菌)」と「バクテリア(細菌)」に分かれました。
 明確な核を持たない細胞が原核細胞で、核はなくても遺伝情報は持っています。そして、DNAが核膜に覆われておらず、細胞小器官もありません。そんな原核細胞で構成される生物が、原核生物です。
 また、原核生物は、細胞が1つだけの単細胞生物です。

 原核細胞はテロメアのない環状DNAを持つので、栄養が続く限り永遠に増え、老化はなく、自然に死ぬこともありません。死ぬのは、飢餓か被食、環境の変化などが起こった場合です。
ミトコンドリアの環状DNA(National Human Genome Research Instituteより)


 

酸素の増加:24億4000万年前(30億年前という説も)

 「シアノバクテリア」という、光合成をするバクテリアが海の中で誕生し、せっせと酸素を作り出しました。
 「嫌気性」の形態の生物にとって、酸素は毒物です。酸素はあらゆる化合物とすぐに反応し、過酸化水素などの有毒な物質に変化するからです。
 酸素増加という大きな災害のために、生物は絶滅の危機に瀕したのですが、酸素毒性に耐性を持った一部の生物が生き残りました。生き残った生物からは、酸素を利用してエネルギーを作る「好気性」 になったものも現れました。

 また、大気中の酸素の割合が増えて、オゾン層が作られました。オゾン層は、太陽から降り注ぐ有害な紫外線を遮る役目を果たします。ですから、浅い海に生物は進出できるようになりました。

共生による真核生物の登場:21億年~20億年前

 アーキアとバクテリアが一つの細胞に融合し、真核生物が生まれたと考えられています。核を持つ細胞が真核細胞で、真核細胞で構成される生物が真核生物です。

 真核細胞の中にある細胞内小器官のミトコンドリアと葉緑体は、どこから来たのでしょうか?
 その答えとなっているのが、元々は異なる生物が細胞に取り込まれ共生するようになったという「細胞内共生説」です。
 20億年前(諸説あり)、酸素を使って有機物を分解してエネルギーを獲得する細菌、プロテオバクテリア(好気性細菌)がアーキアに取り込まれたとされています。アーキアは取り込んだ細菌に、効率的にエネルギーを生み出す酸素呼吸を任せるようになりました。
 プロテオバクテリアは、アーキアの内部にいれば栄養が届けられます。こうして互いに利益を生む共生生活が始まりました。取り込まれた細菌は、細胞内でエネルギーを生むミトコンドリアになりました。

 ミトコンドリアを持つアーキアの中には、光合成を行うシアノバクテリアを取り込むものも現れました(シアノバクテリアは、酸素増加という災害を起こしたバクテリア)。こうして酸素呼吸と光合成を行う生物が誕生し、植物へと進化しました。シアノバクテリアは、細胞内で葉緑体に変化しました。

 真核生物には、単細胞生物も多細胞生物も存在します。単細胞生物は、酵母や繊毛虫、アメーバ、ミドリムシなどです。

 ミドリムシは光合成を行うと同時に、くねくねと動きます。そのため、動物でも植物でもなく、「ユーグレノゾア」と呼ばれています。
ミドリムシ




多細胞生物の登場:12億年~10億年前

 単細胞生物の真核生物の中から、集団を作って生活するようになるものが現れました。
 さらに、集団生活を送る真核生物には、それぞれが役割分担を行い、あたかも一つの生物のように振る舞うグループが出てきたのです。
 このグループは、周りにある海水ごと、メンバー全員を膜で覆いました。こうして多細胞生物が登場します。

 多細胞生物は、いろいろな種類の細胞からできています。同じ種類の細胞が集まって組織になり、いくつかの組織が集まって器官になり、いくつかの器官が集まって個体になります。




脊椎動物の登場:5億3000年前

 1999年、中国雲南省・海口で、カンブリア紀前期(※)に当たる5億3000万年前の地層から、ハイコウイクチスの化石が見つかりました。これは、最古の魚類であると同時に、最古の脊椎動物です。 
 当時は、オウムガイなどの全盛期で、最古の魚類は捕食から逃れようと逃げ回っていたようです。
 そして、川の水が海に混じる汽水域に進出して、やがて淡水にも適応していきました。

 最も原始的段階の脊椎動物は円口類と呼ばれ、ここから、体のすべての骨が弾力性のある軟骨でできた軟骨魚(サメやエイ、ギンザメなど)、そして石灰質が多く含まれた硬い骨を持つ硬骨魚へと進化していきます。
 現存している円口類として、ヤツメウナギ、ヌタウナギなどがあります。

 ハイコウイクチスの復元図は、蒲郡市生命の海科学館にあります。
蒲郡市生命の海科学館

※古生代の区分(諸説あり過ぎ)
カンブリア紀:5億7500万年前から5億900万年前まで
オルドビス紀:5億900万年前から4億4600万年前まで。オウムガイの全盛期で、三葉虫(さんようちゅう)や筆石(ふでいし)が発展し、甲冑魚(かっちゅうぎょ)が出現した。
シルル紀:4億4600万年前から4億1600万年前まで。海中では筆石(ふでいし)・珊瑚(さんご)・三葉虫が栄え、陸上では下等なシダ類が出現した。
デボン紀:4億1600万年前から3億6700万年前まで。魚類やシダ植物が繁栄し、両生類が出現した。

植物・節足動物の陸上進出:4億8000年前

 厚みのある植物が、浅い淡水域から陸上へ進出しました。体中に水を運ぶ水通導組織が作られることで、体を支えたり乾燥した環境でも生活できたりするようになりました。
 同時期に、昆虫の祖先となる節足動物も陸上へ進出しました。

 なお、昆虫の体液では、カリウムが浸透圧調節に大きな役割を果たしている場合が多いとのこと。 この点で、昆虫は植物と似ています。

 アメリカザリガニやタニシなど淡水の無脊椎動物の多くは、淡水中で体液濃度を高く維持するように、体内で浸透圧の調節が行われています。アメリカザリガニでは腎管がその役割を果たしています。

脊椎動物の陸上進出:3億8500万年前

 淡水に適応した脊椎動物が陸上に進出し、両生類が現れます。脊椎動物が陸上に進出する前後については、以下で紹介しています。

 ■「心臓や肝臓などは1つなのに、どうして腎臓と肺は2つあるのか」 文系人間が考えてみた

 

恐竜と哺乳類の出現:2億年前

 

人類の出現:700万年前



 


■主な参考資料
『寿命はなぜ決まっているのか   長生き遺伝子のヒミツ』著/小林武彦 岩波書店

『図解・内臓の進化   形と機能に刻まれた激動の歴史』著/岩堀修明 講談社 

『生きもの上陸大作戦   絶滅と進化の5億年』著/中村桂子 PHP研究所

『人類が知っていることすべての短い歴史』著/ビル・ブライソン 日本放送出版協会

『生物進化101の謎』監修/瀬戸口烈司 河出書房新社

『超圧縮地球生物全史』著/ヘンリー・ジー ダイヤモンド社 

植物と動物の境界線

[樹木の成長や環境適応に関わるカリウムイオン膜輸送の仕組み]

動物系統学ノート(=無脊椎動物学ノート)

浸透圧ストレス応答におけるグリア/ニューロン機能

Development of the Chondrocranium in Hagfishes, with Special Reference to the Early Evolution of Vertebrates

多様な環境に生きる動物の体液調節 ―海辺に棲むカエルと陸上に棲む魚―

露崎史朗 (TSUYUZAKI Shiro, 植物生態学・環境保全学)

 ※フリーランスの編集者・ライターである『クラナリ』編集人(バリバリの文系)は、腎臓に関する記事や書籍に携わる機会が多いため、それに関連していろいろと考察しています。素人考えですが。
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