進化医学について、超文系人間がざっくりまとめてみた その3 そもそも「進化医学」とは何か

なぜ病気は存在するのだろうか? 
それは、いつ、どこで生まれたのだろうか? 

 この2つが進化医学の主要なテーマです。

 ちなみに、進化医学の提唱者であるアメリカの医師ランドルフ・ネシーとアメリカの進化生物学者ジョージ・ウィリアムスの共著は、"Why We Get Sick: The New Science of Darwinian Medicine"という名前です。
"Why We Get Sick: The New Science of Darwinian Medicine"

 Darwinian Medicine、つまり「ダーウィン医学」なのですが、日本では進化医学という言葉が書名などで多く使われています。ダーウィンには揺らぎがあったこと(進化医学について、超文系人間がざっくりまとめてみた その1 チャールズ・ダーウィン登場前後の進化論)、そしてダーウィン後のゲノム研究の発展、「分子進化の中立説」から、「進化医学」という言葉のほうがしっくりくるという印象を『クラナリ』編集人も受けました。

 ここで改めて、自然選択説と分子進化の中立説の違いを見ていきましょう。まずは、言葉の確認です。

突然変異
 一個体のDNA上に生じた変化。

進化
 最初は一個体に生じた突然変異が、集団全体(種の一部)に広まること。集団レベルでの遺伝的変化。

進化に関する説 


自然選択説(自然淘汰説) チャールズ・ダーウィン

「サバイバル・オブ・ザ・フィッテスト」
 突然変異した個体が、突然変異をしていない個体(母体となる集団)に比べて環境に適応した場合、突然変異した個体が生き延びて、子孫を残すことで、集団に広まります。あたかも環境に適応した個体が選ばれた存在で、集団に広めているように見えるので、自然選択説と呼ばれています。
 個体の生存に不利に働く突然変異は、死んだり子孫を残せなかったりするため、集団から除去されます。
 突然変異によるわずかな変化が蓄積して、少しずつ集団のメンバーの比率が変わっていきます。
『分子からみた生物進化』(著/宮田隆 講談社)より


 これをダーウィンは次のように説明しています。

「……どんな原因で生じたどんなにわずかな変異でも、ほかの生物や周囲の自然との無限に複雑な関係の中で、その変異が何かの種の個体にとって少しでも有益であれば、その個体の生存につながる。そしてその変異がその個体の子孫に受け継がれるのが普通である。さらにその子孫も生き残る可能性が高くなる。なぜなら、どんな種でも、定期的に生まれる多くの個体のうち、ごくわずかしか生き残らないからである。この、わずかな変異でも、有用であれば保存されるという原理を、私は『自然選択』と呼んでいる。それは、人間による選択の力との関係を示すためである」

 ダーウィンは、寄生虫が進化した結果、祖先が持っていた器官や能力を失う、つまり退化することが多いとも述べています。
 無腸動物は、進化で腸などを失って単純化しました。これも進化なのですね。


分子進化の中立説 木村資生(もとお)

「サバイバル・オブ・ザ・ラッキイスト」
 DNAや遺伝子、タンパク質といった分子の世界での大多数の進化は、有利でもなく、不利でもない、中立な変異が偶然に集団に広まった結果(機会的浮動)として起こります。
 生存にとって有利でも不利でもない中立的な塩基配列のバリエーションが、生物に多様性をもたらしてきました。


進化に関する現在の考え方

①有害な変異は自然選択の力で集団から除去される。
➁DNAに蓄積した大部分の変異は中立な変異で、それは偶然に集団に広まった変異である。すなわち中立説が主張するメカニズムで集団に広まった結果である。
③目で見てそれとわかる形態レベルでの進化は有利な変異に自然選択がはたらいた結果起こる。
『分子からみた生物進化』(著/宮田隆 講談社)


 生存に不利ではない突然変異については、集団に偶然に広まることも多々あります。不利な変異は、早死にしてしまう、子孫を残せないなどの理由で、早々に除外されるからです。偶然に突然変異が広まった結果が進化です。生存に有利な変異にだけ自然選択が働くのですが、割合は少ないとされています。

 進化は進歩ではなく、生物が進化する過程には合目的な要素は含まれていません。「このままだと〇〇だから、△△の方向に進化しよう」的なことはないのですね。「たまたま△△の方向に進化したら〇〇の状況に合っていた」的な行き当たりばったりの、その場しのぎ。状況が〇〇から◆◆に変わると、進化が不利になるわけです。

 人間は、他の動物とは異なり、特殊な存在であるという信念は、現時点においてさえ、誰もが潜在的に持っているように思われる。こうした誤った信念の背景に、人はだれしも他人のことはよく見えるけれども、自分のこととなるとほとんど見えないという、冷静に自分をみれば、誰しもが経験的に知っている人間の本性が、次のような意地悪い結果をともたらしているのかもしれない。すなわち、われわれは、われわれ以外の生物の進化を語るときは客観的かつ論理的だが、われわれ自身の進化を語るときは、しばしば偏見とおごりに支配されやすい。
『分子からみた生物進化』(著/宮田隆 講談社)

 人間のからだは巧妙かつ精緻であり、だいたい合理的にできてきたといってもいいかもしれません。これまでヒトは地球上の生物の頂点として進化してきたので(これは人間の勝手な思い込みですが)、不都合なところは淘汰され、排除されてきたと思われがちです。残念ながら、ヒトのからだは完全ではなく、都合のよくないところが多々あります。そのため、さまざまな病気にかかるのです。


 「不都合」の代表的な例として挙げられているのが、高血圧です。血圧を上げる仕組みであるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)について、進化医学で解説されている資料が多々あり、『クラナリ』でも過去に紹介しました。

■腎臓を巡る、長く、曲がりくねった物語 その7 生き延びるために必要なシステムRAASによって、命が脅かされるという皮肉

 また、イライラや不安、マイナス思考。そしてそれが悪化したいわゆる「心の病」についても、進化において妥当性があると、ランドルフ・ネシーは語っています。

私たちが、正常な反応であるとはいえ不必要に辛い情動を感じるのは、感じなかった場合に発生するコストが甚大なものになり得るからだ。また、決して叶えられない欲望や、コントロールできない衝動、対立だらけの人間関係が存在することにも、進化的に見て妥当な理由がある。しかしおそらく何よりも重要なのは、愛すること、善良でいることを可能にする、私たちのこの驚くべき力がどこからくるのか、そしてその代償としての悲嘆や罪悪感が存在する理由、さらに(実にやっかいなことに)私たちが他人にどう思われているかをむやみに気にしてしまう理由も、進化によって説明できる、ということなのだ。
『なぜ心はこんなに脆いのか 不安や抑うつの進化心理学』( 著/ランドルフ・M・ネシー 草思社)


 「心の病」と遺伝子の関係についても、研究が進んでいます。

■不安の進化に関わる分子メカニズムの一端を解明 ヒト型遺伝子変異導入マウスを用いた検証

■人類で進化し、多様性が維持されている「こころの個性」に関わる遺伝子を特定


なぜイライラや不安、マイナス思考は存在するのだろうか? 
それは、いつ、どこで生まれたのだろうか? 両生類のとき? 哺乳類になってから?

 進化の長い歴史で「心の病」を問い直すと、セロトニンやドーパミンといった神経伝達物質と関連のあるイライラや不安、マイナス思考などは、これまでの進化の歴史では、淘汰されるほどの不利な変異、つまり「異常」ではなかったのでしょう。

「病気」が「異常」で「健康」が「正常」であるという医学の常識を疑う

 これも進化医学のテーマの一つなのかもしれません。
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