3-6 医療者と患者が一緒に行う共有意思決定も、なかなかに厳しい
3-6 医療者と患者が一緒に行う共有意思決定も、なかなかに厳しい
共有意思決定(Shared Decision Making、SDM)と似た言葉に、インフォームド・コンセントがあります。
インフォームド・コンセントについては、すでに聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。これは患者さんが医療を受ける際に、医師から十分な説明を受けて同意することです。
一方、共有意思決定とは、医師と患者さんが治療の選択肢や価値観といった情報を共有して、何を選ぶのかを一緒に決定することを指しています。
インフォームド・コンセントが医師から患者さんへと一方向であるのに対し、共有意思決定では双方向のコミュニケーションになります。共有意思決定には時間と理解力が求められるため、緊急処置が必要な場合などは対象外となります。
医師と患者さんとのコミュニケーションが難しい理由を考えてみましょう。
まず医師側については、「救える命は救うべきだ」という価値観があります。そのため、「末期腎不全であれば透析療法を実施するのが当たり前」といった感覚を抱きやすいのです。また、透析療法を実施すれば病院の収益にもつながるという側面もあります。
加えて、人生会議のパートでも述べたように、医師は時間に追われている上、コミュニケーションの達人ばかりではありません。近年では共有意思決定の進め方を医療系の書籍で目にするのですが、確かに役には立つものの、読んだ医療関係者がマニュアルとして捉えて「患者さんは○○の状態」と決めつけてしまうリスクも感じました。
また、学生時代に論文を書くトレーニングを受けているはずですが、カオスな原稿を書いて我が道を行く医師や看護師は少なからずいました。これが現実です。
一方、患者さんや家族の側の理由としては、検査や手術などのメリット・デメリット、そしてリスクを理解しないまま、「専門家である医師に判断は任せたい」と、ひたすら受け身であることが挙げられます。
また、「医師には嫌われたくない」「この病院に通院できなければ、ほかに行くところがない」などの思いから、患者さんは気になる点があっても飲み込んで、「わかりました」などと受け入れてしまうこともありました。
もう一つは、患者さんにとって病気や死は日常的なものではなく恐怖であるため、「医師の話を聞きたくない」と拒否反応を示し、それがかたくなな態度や暴言、投げやりな態度で表れる傾向です。こうした患者さんは、高額な民間療法に手を出してしまいがちでもあります。
以上のことから、共有意思決定についても難しさが感じられます。
■主な参考資料
『透析を止めた日』 著/堀川惠子 講談社
私の夫は、難病を発症してから、人生の多くの時間を医療とかかわることで生かされた。しかし残念なことに、信頼できるドクターと呼べる存在には、一度も巡り合うことが叶わなかった。私自身、透析患者の死の現場に家族として身を置いたとき、そこには絶望しか感じなかった。彼を見送ったあと、重い足をひきずって取材を始めた。終末期の透析患者とその家族の辛く厳しい話は、もう私たちだけでたくさんだ。今後の透析医療の役に立つ現場はないのか、小さくても希望はないのかと探し歩くうち、思わぬ光を見た。(中略)それぞれが様々な思いを胸に、医療や介護の現場で戦い続けていた。私は彼らとの出会いを通して、もう一度、この国の医療を信じてみたいという気持ちになっている。
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| 『透析をする選択、しない選択、やめる選択 』(祥知出版) |

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