3-2 ライフステージで移ろう「自分らしさ」
3-2 ライフステージで移ろう「自分らしさ」
誰もがオギャアと生まれたばかりの赤ちゃんの頃は、尿も便も垂れ流しなので、おむつをつけます。最初は母乳やミルクが与えられ、離乳食も誰かに食べさせてもらいます。その後は次第にハイハイ、ヨチヨチ歩きができるようになり、自分でご飯を食べて、トイレにも行けるようになります。やがて高齢になると、ご飯を食べるもトイレに行くのも、ほかの人の助けを借りなければならなくなります。もぐもぐと食べていたものをうまく飲み込めず、食べ物が気管に入ってしまう(誤嚥)リスクも高くなります。やがて歩けなくなり、ハイハイで移動するのも難しくなって、赤ちゃんの状態に戻っていくのです。
このように、成長とともにできるようになったことが、加齢でできなくなるのが老化です。
現代の日本では、事故や重篤な感染症などのアクシデントが起こらない限り、老化の過程で私たちは死にます。
老化は、細胞レベルで起こる生理現象です。年を取るとともに細胞が分裂しなくなって機能が低下したり、細胞に異常が起こったりします。それが積み重なると、体の各器官が衰えて、さまざまな病気が引き起こされるのです。
老化が生理現象である以上、病気になるかならないかを個人の努力だけでコントロールすることはできません。タバコを吸っていたら確かに病気になりやすいのでしょうが、いわゆる「健康に悪いこと」は何もやっていないのに病気になる人もいるのです。
今はどんなに元気でも、どんなに健康に気を使っても、年を取れば身体機能が衰えて、認知力・思考力は低下します。
自転車の運転など楽々とできていたことでも、高齢になるとバランスを崩して転倒したり、運転を誤って人や物とぶつかったりしやすくなります。転倒すれば、簡単に骨が折れます。
自分自身に関することの判断についても、同様です。国の新しい制度に関する文章を読み込む、病気に関するデータを更新していく、お金を的確に把握するといったことがうまくできなくなります。「老親がお金を家のあちこちに隠していて、その場所がわからなくなっていた」「『お金がない』が口癖だったが、亡くなった後でかなりのお金が見つかった」という話も珍しくありません。
高齢になればなるほど、「自分だけで何とかする」というわけにはいかなくなるのです。
健康情報が蔓延しているからでしょうか、「努力すれば何年でも生きられる」「年を取ってからでも、まだまだ自分の力だけでやっていける」「病気や老化は自己責任」と私たちは錯覚しがちです。そして身体機能の衰えや認知力・思考力の低下を、なかなか受け入れられません。
同じ傾向が家族にも見られ、「まさか、自分の親が……」と老化や死を否認しがちです。親子が離れて暮らしていたら、老いによる親の心身の変化が実感できないものです。
子どもが自立すると、年賀状のやり取りをする程度など、親子が疎遠になります。ただ、生活や医療などで判断が必要な場面では、高齢者だけでなく、子どもを含めた親族も「衰えている」という状況を認めて支援することが社会的に求められてきます。冒頭でも述べたように私たちは年を取ると赤ちゃんに戻るので、誰かの支えがなければ暮らしていけないからです。
この現実を踏まえると、「自分らしさ」という言葉があやふやに思えませんか。
幼年期、青年期、壮年期、老年期、また結婚や子育て、死別といったライフステージ・ライフイベントによって、身体機能だけでなく、環境と心境は変化します。病気と闘いながら仕事や子育てに取り組みたい時期もあれば、ただ余生を送っていると感じる時期もあります。同じ人間であっても「自分らしさ」は移ろいます。そして生きるための治療なのか、治療するための人生なのかという捉え方も変わるものです。


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