睡眠の基礎知識2 恒常性(ホメオスタシス)

 睡眠の量(長さ)と質(深さ)を調節しているとされているのが、概日リズムと恒常性です。
○概日リズム(サーカディアンリズム) 1日の活動時間帯(人間では昼、夜行性動物では夜)に体内時計が眠気を覚ます覚醒信号を作り、時間帯に応じて変化する
○恒常性(ホメオスタシス) 覚醒時間(睡眠不足、「睡眠負債」)に比例して眠気が増加し、睡眠で眠気が解消される

 今回は、恒常性についてまとめてみました。

 恒常性は、外界が変化しても、体内の状況を一定に保とうとする仕組みです。例えば、とても寒い地域に行ったときでも、私たちの体温は一定に保たれています。また、水を大量に飲んでも、尿として排出されてしまいます。このようにして、人間の体はバランスが保たれているわけです。



 恒常性の概念を提唱したのは、フランスの生理学者・医師のクロード・ベルナール(1813 - 1878年)です。生体が恒常性を保つ働きを「内部環境の固定性」と表現しました。この概念を、アメリカの生理学者ウォルター・キャノン(1871 - 1945年)は、ホメオスタシス(homeostasis)と名づけました。ホメオスタシスの語源はギリシャ語の「homeo(同一の)」と「stasis(状態)」で、日本語では恒常性と訳されています。

 睡眠の関する恒常性(睡眠恒常性)は、徹夜明けのときは朝や昼でも寝てしまうように、睡眠不足だと眠ってバランスを取るということ。

 睡眠恒常性の仕組みについては、アメリカのウィスコンシン大学のジュリオ・トノーニ教授、キアラ・チレッリ教授が「シナプス恒常性仮説」を提唱しています。
 シナプスは、神経細胞同士で信号物質を受け渡して情報を伝えている場所です。

 私たちが目を覚ましている間は、五感からの情報が絶えず脳に伝えられ、シナプスでは信号物質がひっきりなしに受け渡されています。シナプス同士の結合が強くなることを「シナプス強化」といいます。シナプス強化で神経細胞の間で効率よく情報のやり取りができますが、長く続くと脳に負担がかかる可能性があります。そこで、睡眠中にシナプス同士の結合が弱められ、さほど重要ではない記憶は切り捨てられているというのが、睡眠のシナプス恒常性仮説です。

 そのほかに、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長の柳沢正史教授によって1998 年に発見された「オレキシン」という脳内物質が睡眠恒常性に関係しています。
 睡眠・覚醒の調節は、「ししおどし」にたとえられています。ししおどしは竹の筒などで作られていて、ちょろちょろと水が筒に入る仕組みになっています。筒に一定量の水がたまると、筒が傾いて筒の中が空になります。筒が元に戻ったときに石に当たってポンと音が鳴り、再び水が筒に入ってきます。


 睡眠・覚醒を「ししおどし&小鳥」に当てはめると、覚醒が続くのは竹の筒に水が流れ込んでいる状態で、睡眠はポーンと音がして筒から水が流れ出している状態、そしてオレキシンは竹の筒の端(水が入ってこない側)の小鳥がとまっているような状態だと、柳沢教授は説明していました。つまり、オレキシンは覚醒を安定させる働きをしているわけです。

※「ししおどし&小鳥」の説明については、以下を参照してください。
○NHK アカデミア 第 17 回<睡眠学者 柳沢正史>


 こうした恒常性と、体内時計は決して相反するものではありません。2つが協調して生体機能を安定化させています。
 夜になると眠くなるのは体内時計のシステムですが、疲れがたまっているときは恒常性を保つために普段よりも早めに眠気を感じます。睡眠の中でも、意識の失われるノンレム睡眠(non-Rapid Eye Movement Sleep)は恒常性の影響を受けていて、疲労回復のために睡眠前半に集中して現れます。一方、夢を見るレム睡眠(Rapid Eye Movement Sleep)は体内時計の影響が強く、明け方に最も現れやすくなっています。


 また、「タンパク質のリン酸化」での体内での情報の伝達が、恒常性と体内時計の両方と深く関係しているというトピックもありました。

 私たちの体を構成しているタンパク質は、20種類のアミノ酸がつながってできています。アミノ酸の並び方で、タンパク質の種類が決まります。
 タンパク質のアミノ酸は、鎖でつながれているような状態(ペプチド)です。鎖でたくさんのアミノ酸がつながっていることを、ポリペプチド鎖といいます。このポリペプチド鎖が、タンパク質では折り畳まれて立体構造になっています。立体構造が、酵素(化学反応を促す触媒作用を持つタンパク質)活性やタンパク質同士の結合などに重要な役割を果たしています。

 アミノ酸の鎖であるポリペプチド鎖の中で、アミノ酸のα-炭素がペプチド結合でつながっているもの(-NH-CH-CO-)を主鎖といいます。そして主鎖から側鎖という鎖が枝分かれしています。側鎖にリン酸がくっつくことを「タンパク質のリン酸化」といいます。

 リン(P)は体内で重要な元素で、細胞膜やATP(エネルギーの素となる物質)、DNA(遺伝子)などの材料です。自然界にあるリンのほとんどは、酸素と結合してリン酸(H3PO4)を形成しています。リン酸など、分子中に酸素原子(O)を含む無機酸(炭素を含まない酸)をオキソ酸といいます。

 例えば、体内を調節するために器官が分泌するホルモンという分子があります。ホルモン(hormone)の由来は、ギリシャ語のhormaein(興奮させる)で、次のように定義されています。

ホルモンの定義

①特定の細胞で作られる
②血流で運ばれる
③標的器官(標的細胞、受容体〈receptor〉を持つ細胞)に到達すると、鍵が鍵穴に入るようにホルモンが受容体と結合して特定の応答を引き起こす(立体構造特異性)

 受容体はタンパク質でできていて、構成しているアミノ酸がリン酸化されると、タンパク質の構造が変わります。これを「活性化」といいます。活性化すると、受容体がある細胞の別のタンパク質もリン酸化され、バトンリレーのように次々と情報が伝達されていきます。
 アミノ酸をリン酸化する酵素がプロテインキナーゼです。逆に脱リン酸化することで情報の流れを止める酵素がプロテインホスファターゼです。

 また、リン酸化されたタンパク質は、細胞核の中にあるDNAをもとにして新しいタンパク質を生み出すことができるようになります。
 例えば、インスリンというホルモンは、血糖値が上昇すると膵臓から分泌されます。血液に乗ったインスリンが細胞に到達すると、その細胞でタンパク質のリン酸化が次々に起こります。細胞核に情報が伝わったら、ブドウ糖の代謝に必要なタンパク質が新たに合成されて、ブドウ糖が消費されるようになります。こうして血糖値が低下するのです。

 このような「タンパク質のリン酸化」が睡眠の制御で重要な役割を果たしていると、最近の研究でわかりました。それが「睡眠のタンパク質リン酸化仮説」で、眠気は脳にある80種類のタンパク質のリン酸化が進んでいるために起きる可能性があるのだそうです。眠るとリン酸化がリセットされる、眠気が解消するということになります。

 睡眠についての研究は、ここ十数年で目覚ましく進展していると柳沢教授は語っています。今後も新しい成果が発表されそうですね。

■主な参考資料
NHK アカデミア 第 17 回<睡眠学者 柳沢正史>

睡眠に関わるたんぱく質リン酸化酵素の働きを解明 ~入眠の促進と目覚めの抑制を異なる状態で制御~

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