睡眠の基礎知識3 仕事中や授業中になぜか眠りに落ちるメカニズム
夢中で本を読んだりゲームをしたりして、うっかり夜更かししてしまった。
午前中の授業だったり、重要な仕事の場だったりするのに、つい眠ってしまった。
写真/ぱくたそ |
こうした経験がある人は多いのではないでしょうか。『クラナリ』編集人だけではないと思います。
体内時計とも恒常性とも関係のない夜更かしや居眠り、そして寝落ち。これには、脳の側坐核が関係していると、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の研究グループが2017年に発表していました。
側坐核は、人間の「脳内報酬系」のルートになっています。脳内報酬系は中脳の腹側被蓋野(ふくそくひがいや)からスタートして、大脳辺縁系の側坐核(そくざかく)を経て、前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ)にゴールします。腹側被蓋野でドーパミンという物質が放出され、ドーパミンを受け止める受容体が側坐核と前頭前皮質にあります。
脳内報酬系の発見は、1953年にさかのぼります。アメリカのハーバード大学で社会心理学を学んだジェームズ・オールズは脳に興味を持ち、留学先のカナダのマッギル大学でラットを使った実験を行いました。ラットの中隔領域に電極を挿入し、ラットがレバーを押すことで電気刺激が起こるような仕組みを作ったところ、水もエサも取らずにラットがレバーを押し続けるという行動が見られたとのこと。飲食よりも強い快楽が得られたわけです。オールズたちは、こうした神経系があることを突き止め、脳内報酬系と名付けました。
飲まず食わずでレバーを押すラット。怖いですね。実験しているオールズたちも、ひたすらレバーを押すラットを見て、ドン引きしたことでしょう……
1980年代には、食べ物やその他の報酬を受けたときに脳のニューロン(神経細胞)がドーパミンを放出しているという報告があったことから、ドーパミンは「快楽物質」「幸せホルモン」などと呼ばれてきました。
しかし、1990年代から2000年代初頭にかけて、ドーパミンの伝達を遮断した動物でも、報酬(「やる気にさせるもの」、魅力的な何か)を受け取ったら同じように喜ぶことが明らかになりました。ただ、「もっと手に入れよう」とするやる気(モチベーション)が完全に失われることもわかりました。そのため、ドーパミンは快楽物質ではなく、やる気にさせる物質だと考えられています。
またドーパミンは、ニューロン同士が情報を伝え合うために働いています。脳内のどの領域でドーパミンが働くかによって、集中力が高まったり、衝動的になったりと影響が異なります。
そのため、たとえ楽しくないことでも、ドーパミンの働きでやめられなくなるわけです。例えば、知らなくてもよい悲惨なニュースをネット検索して落ち込んだり、薬物でひどい気分になったりしても、ネット検索や薬物をやめられないのは、ドーパミンが関係しているからだとされています。
これでは「幸せホルモン」とは程遠いドーパミン……
話を睡眠と覚醒に戻すと、側坐核の中にあるアデノシン受容体が、睡眠制御のスイッチの1つだということも報告されています。アデノシンはアデニンとリボースが結合した化合物で、私たちの体のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)が代謝されてできます。アデノシンは覚醒中に徐々に前脳基底部付近に蓄積し、徹夜をするとさらに増え、眠ると減ることが報告されています。また、脳を最も強力に覚醒させる神経伝達物質の一つであるヒスタミンの放出を、アデノシンは抑えます。
筑波大学の研究グループはマウスを使った実験で、側坐核の特定のニューロンを選択的に活性化すると、睡眠が強く誘発され、抑制すると逆に覚醒量が増加することを確認しました。長期覚醒させてもこのニューロンの活動に変化はなく、好物の食ベ物や異性のマウスなど「やる気にさせるもの」を与えるとニューロンの活動が低下し、覚醒に至ることがわかりました。マウスに与えられるのが「やる気にさせるもの」か、そうでないものかによってアデノシン受容体を持つ神経の活性状態が変わります。この神経が活性化されていると睡眠が促され、活性化が抑えられていると睡眠量が減少するのです。
ちなみに、『クラナリ』編集人は取材の最中に眠った経験があるのですが、当時はやる気に満ちた若い編集者だったので、上記の説には納得できないところがなきにしもありません。
■主な参考資料
第23回 脳の中の「快楽」センター
ドーパミンは「快楽物質」ではない、“幸せホルモン”の真実
第57回 眠気の正体
睡眠の分子生物学
つまらないと眠くなるのはなぜ? ~モチベーションと眠気の脳科学~
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