睡眠の基礎知識4 シニアの悩み「若い頃のようには眠れない」は自然な現象(メラトニンとの関係)
寝不足や「朝、起きられない」といった起床の問題は、世代によって区別して考えたほうがよいと専門家は話していました。子どもとシニアでは、問題の捉え方を変えたほうがよいのでしょうね。
シニアについては「夜中に目が覚める」「若い頃のようには眠れない」という問題を抱えがちです。これにはメラトニンというホルモンの分泌が関係しています。
メラトニンには睡眠を促す働きがあります。この分泌量が、加齢とともに減っていくことがわかっています。下のグラフは、縦軸がメラトニンの分泌量で、横軸が年齢を示しています。10歳手前でメラトニンの分泌がピークを迎えた後、急激に減少していることかわかります。
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Fig: Decline of melatonin with age. [Journal of anti-aging medicine; Pierpaoli W; 2(4):343-348 (1999) |
年を取ると、皮膚はたるむし、シミもシワも増えます。悲しいけれど、これは自然な現象。
同じことが睡眠にも当てはまります。夜はぐっすり眠れないし、早く目は覚めるし、昼間はすっきりしないのも、自然な現象なのです。悲しい話ですが。
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ところで、メラトニンとメラニン。「ト」以外は被っています。
メラニンという言葉は、化粧品のCMで耳にタコができるくらい聞いていますよね。どちらかといえば悪者扱いですが、紫外線(UV)から私たちの体を守る重要な働きをしています。
メラトニンについても、皮膚の研究から発見されました。1958年のことです。
そして、たまたま「メラトニンを与えた人たちがぐっすり眠っちゃった」ということから、睡眠についての研究が行われたようです。
ここでは、メラトニン発見までの研究を紹介しましょう。
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橙〜黒色系の色素であるメラニンは、脊椎動物(魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類)や脊索動物(ホヤなど)、節足動物、菌類、裸子植物 、被子植物、細菌、そして脊椎動物の化石の内臓などに存在しています。
多くの動物は、環境に応じて神経や内分泌因子でメラミンが移動し、体色が変わります。メラミンを作る細胞は、魚類、両生類、爬虫類の真皮にあるものを黒色素胞(こくしきそほう、 メラノフォア)、鳥類・哺乳類ではメラノサイトと呼ばれています。
メラニンの語源は、ギリシャ語で「暗黒色」を意味するメラノス(melanos)です。現在では次の4つのグループがあるとされています。
〇ユーメラニン 皮膚メラニンで黒褐色の色素
〇フェオメラニン 皮膚メラニンで橙赤色の色素
〇ニューロメラニン 神経メラニンで、中脳の黒質や青斑核などの脳内に存在する褐色の色素
〇アロメラニン 「変態メラニン」とされていて(alloは「近縁関係の」といった意味)、菌類などが産生するメラニンの一種
人間の場合、皮膚メラニンは、太陽光に含まれる紫外線(UV)の悪影響を物理的・化学的に防ぎます。紫外線は汗腺にダメージを与えるほか、皮膚を流れる血液中で葉酸などの必須栄養素を分解します。そんな紫外線をメラニンは吸収して悪影響を減少させるだけでなく、紫外線によって皮膚に生じたフリーラジカルを中和する作用もあります。
メラノサイトという細胞で、チロシンというアミノ酸がドーパ、ドーパキノンとなり、メラニンが合成されます。メラニンは、メラノソームという細胞内の袋に貯蔵されます。細胞の核の近くで成熟したメラノソームは、細胞内に張り巡らされた微小管とアクチン線維に沿って細胞膜まで移動し、隣接するケラチノサイトという皮膚の細胞や毛髪を作る毛母細胞に受け渡されます。こうして皮膚や毛髪が黒くなります。
チンパンジーについては、毛が生えていない皮膚にメラノサイトがあります。紫外線に当たると皮膚でメラニンが作られます。
熱帯地方のサバンナに進出した現生人類は、ほとんどの体毛を失ったため、紫外線からのダメージを防ぐメラニンは非常に重要になりました。
紫外線は、皮膚がんの原因にもなります。人類学者も生物学者も、皮膚がんを防ぐために、熱帯に住む人々の皮膚にメラニンが多いと考えられてきました。
ただ、進化の観点では、この考え方は否定されることが珍しくありません。皮膚がんは生殖可能年齢を過ぎてから発病するケースがほとんどなので、自然淘汰にはあまり関係しないためです(子を残すのに不利には働かないということ)。
人類の一部がアフリカの外へ移り住んだ(出アフリカ)後で、皮膚が白くなりました。その理由として、白い皮膚のほうがビタミンDを合成しやすいことと、凍傷になりやすい黒い皮膚は寒い地域で不利に働いたことが考えられています。
人体のメラニンについての研究は、1917年に始まります。ブロッホ(Bloch)が、メラニンはドーパが前駆物質で、ドーパ酸化酵素によって生成されると発表したのです。それ以来、生化学的・生理学的・組織学的な研究が行われてきました。
アメリカのエール大学皮膚科医師で生化学者のアーロン・ラーナーは、皮膚のチロシナーゼ(チロシンからドーパへの化学変化を促す酵素)やメラニン顆粒について研究を進めていました。そして、脳の下垂体から黒色素胞刺激ホルモン(MSH)を1955年に発見し、1957年にアミノ酸配列を決定しました。1959年にはヒト副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)のアミノ酸配列も報告しています。
そして1958年に、ラーナーの研究グループは、松果体ホルモンはMSHの反対ホルモンとして注目し、分離された物質が「メラトニン」と名づけられました。1959年に構造がN-acetyl-5-methoxytryptamineと決定されています。
メラトニン発見のベースにあったのは、ウシの松果体に含まれる物質がオタマジャクシの成長と変態に及ぼす影響を調べる実験です。松果体抽出物を与えたオタマジャクシは、体の色が明るくなったと、1917年に報告されています。
話を戻すと、Wikipediaによれば、ボランティアの人々にメラトニンを注射すると、ほとんどの人が眠り始めてしまったことから、メラトニンは睡眠と関係していることがわかったとのこと。いつ・どこで・誰がこの研究を行ったのかは不明です。
当初は皮膚の色に関連して研究・発見されたメラトニンでしたが、近年ではもっぱら睡眠など生体リズム調節との関係で注目されています。渡り鳥の飛来のタイミングや季節性繁殖などの季節のリズム、そして、睡眠・覚醒リズムやホルモン分泌リズムなどの概日リズムをメラトニンが調整しています。
メラトニンの原料は、必須アミノ酸のトリプトファンです。食物に含まれるトリプトファンは、口から入ってから主に小腸でセロトニンという物質に変化し、夜にはN-アセチルセロトニンになってからメラトニンに変化します(セロトニンの90%は小腸、8%が血液、2%が脳に存在)。
セロトニンをN-アセチルセロトニンに変換する酵素(N-アセチルトランスフェラーゼ、NAT)は、体内時計と外界の光で調節されます。光については、瞳孔を通って網膜の細胞(メラノプシン発現網膜神経節細胞)を刺激すると、そのシグナルが脳の視交叉上核に到達して体内時計を活性化します。そしてNAT活性を抑制するのです。強い光の刺激で、メラトニンの生成は抑えられるということです。
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メラトニン生成の仕組み(メラトニンより) |
■主な参考資料
メラトニン研究の歴史
黒い皮膚は皮膚癌を防ぐために進化?
化石メラノソームの元素組成から絶滅した脊椎動物の内部構造を解明
メラトニン(めらとにん)
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