言語化は、効率化の真逆の作業

 子どもたちに作文を教えていた頃、「効率的であろうとするほど、言語化ができなくなっていく」と実感する機会が多々ありました。

○作文指導に「効率」を持ち込まないこと、言葉は体験で教えること

 効率化の一例は、「ヤバイ」「すごい」「よかった」で済ませてしまうこと。

危険な目に遭っても、「ヤバイ」。
おいしい料理を口にしても、「ヤバイ」。
うれしいときも、悲しいときも、「ヤバイ」。

 なんでも「ヤバイ」で済ませられるなんて、非常に効率的です。

 子どもたちは、実は効率を求める生き物で、本を1冊渡すと自分が興味のあるところだけをピックアップしながら読み飛ばしていく傾向があります。この傾向を「勝手読み」と私は呼んでいました。
 勝手読みだと、本を読む時間を短縮できるため、効率的です。ただ、自分が興味のないこと、経験していないこと、よくわからないことは頭には入りません。「ここに書かれているのはどういうことだろうか」と、一度立ち止まって考える機会を失っているわけです。

 効率的であろうとする人ほど、早く結論を出したがります。「自分が知らない事柄があるのかもしれない」「もっと調べてみよう」と考えるのは無駄と捉えてしまうようです。
 さらに、スピードを求めるがゆえに、自分の発した言葉がすぐに相手に伝わらなければ、イライラしてしまいます。

 勝手読みをして、勝手に結論を出して、その結論が理解されなかったり共感されなかったりするとイライラして、相手のせいにして攻撃する……
 子どもだけでなく、大人にもこのような人は珍しくない気がします。

 効率化の延長線上にあるのが、たった一つの正解・やり方を求めること。

 学校のテストでは、正解を素早く出すことが求められるため、「正解は一つ」が私たちの思考の癖になっているように思えます。

 また、テストのほとんどが記述式です。書くことが苦手な子どもには不利で、記述式のテストだと結果が出せないことから通知表の成績は芳しくありません。本人も「自分は頭が悪い」と思い込み、勉強を通して言語化に取り組む機会を失ってしまうこともあるでしょう。
 ただ、教育の現場では、すでに教師への負担が重くなっています。テストを記述や口述などとバリエーションを増やすと、教師の作業量がさらに増えてしまいます。

 さまざまな事情で、子どもの頃から効率化が求められてきた結果、言語化に取り組む機会が乏しく、そのための技術を得られなかった人が少なくないという印象です。

 言語化での脳の仕組みは、市川みらいアーカイブでまとめました。
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言語化のプロセス


 脳の“辞書”(上の図では「記憶」と書かれている本のアイコン)が「ヤバイ」「すごい」「よかった」だけの薄いものであれば、言語化も「ヤバイ」「すごい」「よかった」に終始します。“辞書”を厚くしていくには、たくさんの言葉を取り込むしかありません。

 とはいえ、数さえ増えればいいのかというと、そうでもないのです。言葉の数だけ多い場合には「口ばっかりのペラペラな人間」という印象を与えがちではないでしょうか。これでは、言語化が上達したとはいえません。「口ばっかりのペラペラな人間」の言葉は、相手の共感や納得を引き出せないからです。
 ですから、言葉は体験で覚えることが重要になります。

 学校では言語化をあまり習わないため、自分で勉強することになるわけですが、大切なのはお手本です。周囲を見回して「この人の言葉は響くな」「理解しやすい」という人がいたら、徹底的にマネをするのです。マネの繰り返しが上達の道。「口ばっかりのペラペラな人間」は反面教師にしましょう。

 もう一つは、スピードと正解を求め過ぎないこと。
 学校のテストやテレビのクイズ番組とは違って、案外、スピードの優先順位は低いものです。「口は禍の元」ということわざがあるように、一度言語化した内容が思わぬトラブルを招く例は少なくありません。社会においては、スピードよりも慎重さが求められる場面のほうが多いのではないでしょうか。
 また、「正解は一つ」と思い込むと、どうしても視野が狭くなってしまいます。
 

 ありがちなのは、「すでにわかっている」と思い込んでいる事柄が、実は自分でもよく理解していないケースです。「どうして私の言っていることが伝わらないの!」と不満を抱いているときに、このケースは多々発生します。逆をいえば、私自身が深く理解できていないために、言語化がうまくいかないのです。
 このケースでは、自分と同じ属性ではない人たちとコミュニケーションを取ることが言語化が上達するステップとなります。自分が10代であれば30代、日本人であれば別の国籍の人という具合に、属性が異なる人に自分の考えを伝える機会を持つようにすると、自分自身への理解が深まりやすくなります。

 また、人それぞれに特性があり、言語化の方法でも声に出すほうが得意なのか、記述するほうが合っているのかは異なります。

 自分の考えを言葉に変換する言語化は、当たり前にできることと思われがちですが、学校であまり習わず、ネットなどから“正解”の情報が多数流されてくることもあって訓練する機会が減り、大人も子どもも意外とできていないのではないでしょうか。

 編集者とした長年仕事をしてきた私も、子どもたちの作文教室を開いたことで、自分自身への理解が深まると同時に、「まだまだ言語化について学ばなければ」と実感しました。
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