社会は人を利用し合う仕組みで成り立ち、「他人を安く、都合よく働かせるべし」という原理で動いている
「他人を安く、何ならタダで、都合よく働かせるべし」という原理は、数多くのシチュエーションで働いています。
最も顕著だったのは、PTA。「入会したい」と一言も言っていないのに加入したことになっていて、会費を払わされた上、役員にならされタダ働きをさせられるという、不条理なシチュエーションでした。
もちろん、PTAに限った話ではなく、不当な条件で働かせて(企画提案を含む)、アイデアを含む労働力を安く買いたたこうとするシチュエーションに遭遇するのは、仕事の現場では珍しくありません。
私たちは奴隷じゃない!!
買いたたかれる側に追いやられると、なんだか腹が立ってきます。
しかし、社会は互いに他人を利用する仕組みで成り立っています。「搾取する→搾取される」の一方的な関係ではありません。
他人から安く、都合よく使われている側も、俯瞰的に見ると、そのほうが都合がいい点があると考えられるでしょう。
その一つは、いつも受け身でいること。たとえ働きづめで苦しい思いをしていても、その状況を変えるために自分で考えを巡らせたりアクションを起こしたりするより、受け身でいたほうが本人にとっては都合がいいのかもしれません。
受け身でいれば、ひとまず、責任を取る場面から逃げられます。「言われるがままに動いているのだから、自分に責任がない」と思えるので、その分だけストレスを受けずに済むのです。
もう一つは、自分と似た存在、つまり“仲間”がたくさんいること。SNSに「私たちは奴隷じゃない!!」と投稿すれば、たくさんの「いいね」がもらえるはずです。
「買いたたかれる側に追いやられる」のではなく、「買いたたかれるほうが、工夫も努力もせずに済んでストレスも少ないし、多数派でもあるから、そちら側に甘んじる」という可能性もあるわけです。
私たちには、2つの自由があります。買いたたかれるぐらいならば働かない自由と、買いたたかれないために工夫や努力をして責任も取る自由です。
何はともあれ、社会は人を利用し合う仕組みで成り立ち、「他人を安く、何ならタダで、都合よく働かせるべし」という原理で動いています。そんな社会でどのようなポジションを選ぶのかは、今の日本では個人の自由です。
「都合よく働かされてしまった……」としても、それは負けではないし、本人が自覚するかどうかはさておき、社会で暮らす誰もが置かれているシチュエーションではないでしょうか。
書籍取次の取り分を10%上げろという話ですが、書籍においては、その本を書き上げた著者の取り分が、まさにその10%だということをどうぞお忘れなく😭…(近年、刷り部数の10%印税もらえる著者は人気作家くらいで、翻訳印税はもっと低い。さらに新人は印税7%とか。しかも売れ部数分しか支払われません
上記のような、出版に関するXのポストを眺めながら、ふと、そのようなことを思ってしまいました。

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